◆◇◆
「挿れるぞ」
私を組み敷くクレスタの声調は、乱れた呼吸に不相応な、冷静で黒い喪色の旋律だった。やめてと顔をそむける私の下顎を荒々しくつかんで、一糸まとわぬクレスタが形の良い唇を歪める。
身にまとっていた純白のドレスは、見るも無残に引き裂かれて、散り散りのレースの破片となって汗ばんだ私の肢体に張り付いていた。それを取り除かれて、私の素肌は全身、余すところ無くクレスタの目に晒された。
「だめ……」
「なぜ? 婚約者の顔を見たら、一瞬で恋に落ちたか?」
どうして、そんな意地悪な質問をするの?
目を見開いて涙をこぼす私の秘苑に、クレスタがくつくつと笑いながら躊躇なく熱い楔をあてがう。やめて、と掠れた声で抗議すると、乳房を荒々しく揉みしだかれながら、猛る先端で蜜口と陰核を交互に擦り上げられた。
「ぅ……あ、んんっ」
「お前が惚れるのも仕方ないか。良い男だもんなぁ、ティアス王子は。顔も体格も文句なし。そして、あの清々しい雰囲気が何とも魅力的ではないか。俺と違って身持ちも堅いらしいから、このまま結婚できればお前は薔薇色の人生を歩めるという訳だ」
「やめて、クレスタ。私はあなたとこの国に殉じたいの。ティアス王子の事はなんとも思ってな……っ!」
クレスタの左手に喉元を押さえつけられて、私はひゅうっと息を詰まらせる。何を怒っているの?
仮に、私がティアス王子に恋をしたって、あなたには関係ないじゃない。クレスタの怒りが理解できない。いつだって、クレスタは私に無関心だった。彼が好むのは、派手で賑やかな流行りの御令嬢たち。服装も佇まいも地味な従兄妹には、一寸の興味を示さなかった。
たまに宮殿で顔を合わせても、素っ気なく挨拶する程度で、羽扇をひらひらとさせた美しい令嬢を連れ立って私の前を素通りするだけ。
なのに、どうして突然こんな事を――?
隣国に嫁ぐのだって、私の意思ではない。決められた事に従って自分の運命を受け入れるしかないのに、どうしてクレスタは私にこんなにひどい仕打ちをするの?
「殉じる、か。純情な顔でそんな言葉を使われると、うっかり騙されてしまいそうになる」
「な、の……、事?」
「ティアス王子に贈られたこの結婚式の衣装を着て、鏡の前で嬉しそうに笑っていただろう」
クレスタは切り刻まれた純白のドレスを悪趣味だと嘲笑ったあと、私を責めるような科白を吐いて、冷えた笑みを浮かべながら猛りの先端で閉じた花扉をこじ開けた。ひっ、と恐怖に唇が震える。刹那、張り詰めた熱い灼熱が、男を知らない蜜洞を一気に奥まで貫いた。
「あぁ――っ!」
抉るように膣を擦られて、上ずったおかしな悲鳴が喉から飛び出す。腹の奥深くを内部から焼かれるような痛みと熱さに、体は強張って、右手が勝手に止まり木を探し求めて宙をさまよった。
「リジ―……っ」
私を呼んで、汗で湿ったクレスタの半身が覆いかぶさってくる。私は、しがみつくようにクレスタの首に腕を回した。そして、指先でクレスタの素肌をつかもうともがく。
優美な陛下としての立ち姿から想像するものとはまるで違う、硬くて筋肉質な体つき。高価な香水に紛れた雄の香りに、脳がくらくらと震盪した。
「……は、っ、リジー……」
「あ……っ、ぁ、んんっ」
日光が煌々と差し込む昼下がりの部屋。階下の薔薇苑から紳士やご婦人の軽やかな笑い声が聞こえてくる。しかし、クレスタが動き始めると、ふたりの吐息とベッドの軋み、それからクチュクチュと淫猥な水音だけが私の聴覚を支配した。
クレスタの動きが激しくなって、痛みが徐々に今まで感じた事のない不思議な感覚へと変化していく。
「……っは、んっ、あぁ、んっ……」
「想像以上だ、リジー。ほら、こんなにも俺を締めつけてくる」
「やぁ……っ、んぁあっ、ああ――っ!」
クレスタの柔らかな金の髪がはらりと頬に触れて、青く透き通る瞳に視線を捕らわれる。リジー、リジー。腰を打ちつけながら、クレスタが荒い呼吸の合間に私を呼ぶ。何度も何度も、蕩けるような甘い声で。
同時に、動きに照応して揺れる乳房を噛まれ、吸われ、胸の蕾を舌先で見せつけるようにくすぐられる。クレスタの唾液でてらてらと光るそれを見て、私は咄嗟にクレスタの視線から逃れるように顔をそらした。
「俺を見ろ、リジー」
「……ふっ、あっ、んんっ……!」
また下顎をつかまれて、今度は獰猛なキスで呼吸を奪われる。先ほどまで胸を舐めていた舌が、今度は口の中を縦横無尽に走って唾液の混ざり合う音を響かせた。
ひとしきり口内を蹂躙されてクレスタが離れた瞬間、息を吸い込もうと口を開く。すると、私の呼吸を邪魔しないように、ねっとりとした舌が唇を舐め上げた。ティアス王子に目通りするために侍女が塗ってくれた赤い紅が、クレスタの舌で綺麗に剥がされる。
「あぁ……、リジー。お前は甘い」
クレスタはそう言うと、上半身を起こして私の両脚を大きく広げた。お尻が持ち上がるほど脚を引っ張られて、視界にふたりの接合部が飛び込んでくる。
私が喉の奥から羞恥の悲鳴を絞り出すと、クレスタは口の端を歪め、私の太腿の裏側を押さえつけて激しく抽挿し始めた。
クレスタを受け入れているあの場所は、自分でも分かるくらい濡れそぼって体温と同じ温度の汁をこぼしている。硬く張り詰めたクレスタのそれが中の肉襞を擦過する度に、じゅぶじゅぶと後孔まで生温い体液が垂れてくるのが分かる。
自分の体がこうも乱れるなんて、今まで知らなかった。酷く汚らわしく思えて、でも好きな人に抱かれる喜びを体の全てで感じてしまう。
「あんっ、いい……っ、ああっ! いいの、いいの……っ、クレスタ!」
自分のものとは思えない嬌声が、のけ反った喉から飛び出す。体を激しく揺さぶられ、全身に淫らな快楽を得ながら、私はついさっき初めて拝したティアス王子の顔を思い浮かべる。
我が国と隣国の関係を強固なものにするべく、私は隣国の王位継承者に嫁ぐ事になった。婚約から五年。ティアス王子と私は、共に結婚を許される年齢になった。両国の間で私たちの結婚式の日取りが決められて、ティアス王子が遠路はるばる純白のドレスを携えて私に会いに来てくれたのだ。
私の手を取ってくちづける所作、声や表情、どれもが優しさに満ち溢れていた。穏やかな紳士だと思った。それが余計に、背徳の罪を突きつける。
「リジー。……俺も気持ちいいよ、リジー」
乱れた呼吸の音に溶ける低い声は、脳髄を犯して体の隅々に染み渡る麻酔薬のよう。意識だけではなく、婚約者を裏切る不倫理への罪悪感すらも麻痺して、ふわりと宙に浮いて、ガラスが割れるように砕けて、どこか遠くへ消えてしまう。
「……あぁ、リジー」
切なくてどこか苦しそうにも思えるクレスタの声。いつかこうして、あなたが私を呼んでくれる日を夢見ていた。
ずっと好きだったの。
野心を秘めたアイスブルーの瞳に、他を圧倒する精神の強さ。国王陛下と呼ばれるに相応しいクレスタの神々しさに、ずっと憧れていた。いつしか憧れが恋情に変わって……。
だけど、私はこの通り面白味のない地味な女。あなた好みのきらきらとした令嬢たちとは違う。頭に羽飾りは付けないし、胸元が大きく開いたドレスなんて一度も袖を通したことが無い。軽やかなお喋りだって苦手。だから、この初恋は心の底に押し込めたまま、私が寿命を迎えると同時に魂と共に天に還るのだと諦めていた。
私にできるのは、本を読み、隣国の文化や言葉を学び、知識を蓄えて、いつかあなたの手先になる事だけだった。
クレスタの色付いた吐息を聞きながら、遠くに聞こえる笑い声の方へ目を向ける。薔薇苑を一望できるバルコニーへ続く大きな硝子戸、金の装飾が施された豪奢な家具。私の好きな青に塗られた壁には王家の紋章が描かれて、天井から無垢な天使たちに囲まれた太陽神がベッドを見下ろしている。
幼い頃から王族としての教育を受けてきた。厳しいお父様の言いつけを守って、誰よりも慎ましやかに生きてきた。だから、選ばれたのだ。隣国の王子の花嫁に――。
でもどうかしら。両脚を大きく広げてなされるがままに貪られ、私はそれを喜んでいる。私は一体、何を裏切っているのだろう。
「んぁ、っ、ああん、はっ、ああ――っ!」
激しく最奥を突かれて、腹の奥深くに熱がたまって、体中の神経を痺れるような甘い快感が駆け巡る。体が大きく震えて、同時にクレスタの猛りが中でどくどくと脈打った。
◆◇◆
おもむろに目を開けると、アイスブルーの瞳がすぐそばにあった。綺麗な二重の縁取りと、程よい長さのまつげ。小さな頃から綺麗な顔立ちだったけれど、今は男らしさも加わって見ているだけでどきりとしてしまう。
お互いに裸のままだと気付いて、私は体を小さく丸めて顔を伏せた。ティアス王子にドレスを着てみてと言われて、侍女と自室に戻ってからどれくらい経ったのだろう。
……それにしても。
誰か呼びに来てもおかしくないのに、誰も来ない。そう言えば、私にドレスを着せた侍女も、ティアス王子を呼んで来ると言って出て行ったきりだ。
今になって、冷静に頭が動き始める。
ひとり壁に備え付けられた大きな姿見の前に立って、真っ白なドレスを鏡越しに見た時、私は嬉しかった。生まれて初めて、同じ年頃の令嬢たちが着ているような胸元の開いたドレスを着れたのだもの。息の詰まるような襟の無い、ドレスの解放感が嬉しくて思わず表情が緩んだ。
その時だった。供も連れず、たったひとりでクレスタが現れたのは。
「あの……、クレスタ。私、そろそろ戻るわ」
「どこに?」
「ティアス王子の所へ。ドレスの感想をお伝えしなくては……」
「はっ。俺に抱かれたお前を、ティアス王子が快く迎え入れると思っているのか?」
「……そ、それは」
近隣諸国とうまく付き合いながら、クレスタが虎視眈々と隣国に狙いを定めている事は知っている。クレスタのため、ひいては祖国のために、ティアス王子に嫁ぐ日をじっと待っていた。クレスタ以外の男性は誰であろうと同じだし、どうせなら少しでもクレスタの役に立ちたかったから。
でも、そうね。
私にはもう、純白のドレスを着る資格が無い。
あれほど慎ましく生きて来たのに、何もかもが台無し――。
穢れた身を偽って嫁ぐわけにはいかないし、両国の関係はどうなってしまうのかしら。
私はどうしたら……。
「リジー」
クレスタが、私の髪を梳くように撫でた。ドレスを引き裂いた手とは思えない、その優しい動きに涙が零れる。
「ひとつだけ確認しておく。ティアス王子の事は、本当に何とも思っていないのだな?」
「ええ。婚約していたとは言っても、今日初めて顔を合わせたのよ。一瞬で恋に落ちるなんて、あり得ないわ」
「では、あのドレスを着て嬉しそうにしていた理由は何だ」
「今まで胸元の開いた流行りのドレスを着た事が無かったから、それが嬉しくてつい。私には分不相応なのに」
「分不相応なものか。俺が、お前に似合う最高のドレスを仕立ててやる」
驚いた顔でクレスタと目を合わせると、優しい微笑みが返ってきた。
「俺は、欲しいと思うものを全て手にする」
「知っているわ。だから、私はティアス王子に嫁ぐはずだったのよ」
「そのティアス王子は、捕らえられて今頃は牢獄の中だ。この機を得るために、お前たちの婚約の日取りを決めて今日の日を設けた。数日のうちにティアス王子の首を隣国へ送り返して、一戦交える」
自信に満ちたクレスタの表情に、全身にぞわりと鳥肌が立つ。今日という一日は、全てが彼の手の中にあったのだ。私の胸は震えて、魂ごとアイスブルーの瞳に吸い込まれた。
「クレスタ、あなたは……」
リジーの紅潮した頬に指先で触れて、クレスタは小さな額に軽くキスを落とす。
他の令嬢たちが、化粧やお洒落なんかに無駄な時間を費やしてのらりくらりと一日を過ごす中、リジーだけは違った。リジーは王宮の図書室に籠って、朝から晩まで本を読んでいた。どんな本を読んでいるのか気になって、リジーの侍女をこっそり呼び出して尋ねた事がある。すると彼女は、これから嫁ぐ国の言葉や文化、政治、歴史の本を読んでいたのだ。
俺は狭い世界に興味は無い。
俺の隣に立つべきは、ふわふわと馬鹿の代名詞のような羽飾りを頭につけた無学な女ではなく、王としての俺を理解する聡い女だ。ひたむきで自分の意思を持ったリジーこそ、俺の伴侶に相応しい。
リジーを王妃にすると決めてから、俺は徹底的にリジーを無視した。たとえ従兄妹だとしても、俺が声を掛けて親しい素振りを見せれば、俺に群がる女たちが妬んで何をする分からないからだ。リジーの貴重な独学の時間を、そんなつまらない事で邪魔したくはなかった。
それに、襟の詰まった地味なドレスを着ていても、リジーの体が描く曲線はしなやかで美しい。図書室の椅子に腰かけて、一心に本を読む彼女の姿を何度覗き見しただろうか。そして、リジーの妖艶な白肌を想像して昂った欲を吐き出すために、頭に羽の生えた女たちを抱いた。
ずっと待っていた。
隣国とリジーを手に入れる方法を考え、時間を掛けて、今日という日をずっと待っていた。
手はず通りに事が進み、リジーに全てを打ち明けて求婚しようと部屋へ向かった。すると、リジーは、ティアス王子から受け取った純白のドレスを着て、嬉しそうに笑っていた。
それを見た瞬間、頭にかっと血が上った。
リジーが、円らな瞳でじっとこちらを見ている。その蜂蜜色の輝きが、言葉にできないくらい愛おしい。凱旋したら、一度だけ言おう。
愛していると――。
「ねぇ、クレスタ。私には何の取り柄もないけれど、いつかきっとあなたの役に立つと誓うわ」
ティアス王子との結婚がなくなったのなら、私は本当に何の価値も無いただの地味な女だ。役に立つと言っても、どう役に立つのかを聞かれたら答えられない。クレスタへの献身だけが、私の生き甲斐だったのに。
「なぁ、リジー。俺の話を聞いていたか?」
「え、ええ。ティアス王子は」
「そうじゃない。最高のドレスを仕立ててやると言っただろう」
「最高のドレスって?」
「王妃たる者に相応しいドレスだ。そうだな、リジーの白い肌には純白より……」
クレスタがあまりにも自然に言うので、私は耳を疑った。どうにか意味を理解して、途端に大粒の涙が溢れる。滲む視界で、クレスタがにやりと笑った。
「もう一度言う。俺は、欲しいと思うものを全て手にする。国もだがな、お前もだ。リジー」
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