
何気なく、ただぼんやりと視線を窓の方へ向けました。そこから見える天には、いつもと同じように青白い月と恒久の綺羅星が輝いています。
数ヶ月前の出来事が嘘のよう、いえ、それまでの私の暮らしそのものが幻であったのではないかと思わずにはいられないほどに幻想的で美しい光景です。
――あ、流れ星。
ふと、今日が誕生日である事を思い出しました。本当ならば、真新しい絹織りの衣に身を包んで、何物にも代えがたいたくさんの笑顔に囲まれて、今日を幸せに過ごすはずでした。だって、奸臣による謀反などなければ、私は今日も白光国の公主だったのですから。
「あっ、ああ……ひんっ、あ、あっ、ひゃあああッ、いやぁあ! いったぁあああいッ! いやぁああああ――ッ!」
あら、下品な声だこと。どうやら、悠長に過去を懐かしんでいる場合ではないようです。天があまりにも美し過ぎて、危うく下女としてのお勤めを忘れてしまうところでした。
「ぁぐぅ……、ひぁんッ、あああっんっ!!」
ああ、これは獣や妖怪の鳴き声などではございません。陛下の閨に侍る妃が、無理矢理突っ込まれたかもしくはムチで打たれたか、とにかく悦んでおられるだけ。いつもの事ですから、お気になさらないでください。
かく言う私は、最初こそ驚いて恐怖に慄きましたが、今ではすっかり聞き慣れてしまいました。順応とは、生存本能に備わった重要な機能のひとつなのでしょうね。恐怖も嫌も、ここでは一切の感情が働かなくなったのです。
「あぁんっ、いくッ、へい、かっ……、ああぁっ! ああっ、ら、めっええええッ……! いぁああ――ッ!!!」
陛下は齢四十半ばだというのに、夜毎うら若い妃相手に不屈の精力を見せつけておられます。近いうちに、私にも同じ悦びを教えてくださるのだとか。私も、陛下の閨であのように下品な獣の声を上げるのでしょうか。
嘘。
一切の感情が働かなくなったなんて、嘘です。
恐怖も嫌も、考える事さえ許されないから考えないだけ。
帝位にあった父上が、互いを認め合った知己の計略に嵌ってしまった瞬間に、私の運命は定まりました。
天下を手にしたものに平伏し、命を握られる。私は刑の執行を待つ囚人のように、その日がいつ訪れるのかと、今この瞬間にも怯えているのです。
国破れたるは隷属の理に倣って、私は家畜にも劣る過酷な人生を歩まねばならないのですから。
さて、そろそろ陛下が参られるころ。
もう少し美しい天を眺めていたいのですが、陛下に呼ばれる前に寝台の前に跪いておかなければ、容赦なく頬を打たれてしまいますので、重たい腰を上げる事にいたしましょう。
◆◇◆◇◆
「春蘭」
野太い武人の声が、寝台のそばに跪く元公主を呼ぶ。春蘭は静かに立ち上がると、天井から寝台を覆うように垂れる天蓋に手を掛けた。
目に飛び込んできたのは、紅い寝具の上で股を大きく開いた若い女と陛下の衰えを知らぬ引き締まった筋肉質の身体。
若かりし頃から我が国が誇る水軍の指揮を執ってきた男の肉体は衰えを知らず、これを目の当たりにすると、恨みを晴らそうとか逆らおうとかそういった心意気は一瞬で消し飛んでしまう。まさに肉の鎧だ。
陛下が、秘苑から白くドロリとした液体を垂れ流して気をやっている女を一瞥して、春蘭の前に仁王立ちする。春蘭は、吐精してもなお、上を向いてそそり勃っているそれを濡れた布で清めた。初めてこれを見た時は、あまりに異様な色と形に卒倒しそうになった。
「春蘭」
「はい、陛下」
臣下であったこの男に真名を呼び捨てにされ、この男を陛下と呼ぶのにも慣れた。いちいち気に留めても、現実は何も変わらないと諦めたのだ。
「口に含め」
「はい?」
「いずれ覚えねばならぬ。そなたの可愛らしい口で清めよ」
何を命じられたのか、瞬時には理解できなかった。恐る恐る男を見上げれば、精悍な顔がにたりと歪んでいる。
「お、お許しください、陛下」
「何を恐れる。最も身分高き者の寵を受けるための訓練と思えば、実に喜ばしい事ではないか」
「ですが……」
春蘭は、この場から逃げ出したい衝動に耐えながら、必死にもっともらしい逃げ道を探した。この男は、先帝の娘を穢して己の権威を誇示しようとしている。嫌だ。こんな男に容易く身を穢されるくらいなら、潔く死を賜りたい。けれど、地下牢には両親が閉じ込められている。死ぬ事は、絶対に許されない。
「わ、私は……、公主としての誇りを失いたくありません」
「ほぉ」
「他の方を抱いた後ではなく、私だけの夜に情けを頂戴致したく……」
何を言っているのか、自分でも分からない。非情な男が耳を貸すとは思えないのに……。万事休すと春蘭は顔を伏せて、目をぎゅっときつく閉じる。そして、いよいよ首を刎ねられる囚人のような気持ちで男の言葉を待った。
「確かにな。公主の身分を奪いはしたが、そなたは卑しき女ではない。よかろう、今宵はさがって休め」
ほっとする心の余裕は無かった。
男の怪しいまなざしから逃れるように、春蘭は「感謝いたします」と一礼して足早に部屋を出る。歩き慣れたはずの王宮の廊下は、荒れた大地のようにでこぼことして、しかし沼地のようにぬかるんでいた。
要するに、足元が正気ではないのだ。その証拠に、全身から噴き出した嫌な汗と膝の震えが、恐怖に慄く春蘭の心情を如実に表している。
春蘭は、目に涙をためて確信する。近いうちに、陛下は私を召す。そして、この体に烙印を刻んで皇家の血を貶めるのだと。
「……きゃっ」
つま先が引っ掛かって、何もない平坦な石畳の上に派手に転ぶ。受け身を取り損ねて、腕や膝を打ちつけてしまった。酷く惨めだ。春蘭は、誰もいない廊下で声を殺して泣いた。
こつこつと、沓の音が近付いて来る。情けない姿を人に見られたら、それこそ笑い者だ。急いで起き上がって、ごしごしと目元を拭う。春蘭がその場を離れようとすると、背後から名を呼ばれた。
「待って、春蘭」
聞き覚えのある声に、春蘭は振り返った。そこにいたのは、あの男の息子だった。父親同士の親交が深く、幼い時から見知った幼馴染みだ。そして、公主であった頃の許嫁でもあった。
謀反によりあちらは帝位を継ぐ太子となり、こちらは公主から家畜にも等しい下女になった。当然、ふたりの婚約は露と消え、彼は近々、父親の腹心の娘を娶る事になっている。
「……浩大」
「派手に転んでいたけど、大丈夫? 怪我は無い?」
「み、見ていたの?」
「春蘭が父上の部屋から飛び出すのを見てね。心配で追いかけて来た」
「……そう」
「父上に酷い事をされたのか?」
「ううん。今日は許してもらえたわ」
浩大が、着流していた着丈の長い表着を脱いで、春蘭の華奢な肩に掛ける。宮女よりも階級の低い下女の服は、ぺらっぺらな麻織りで、ただ体を覆っているだけの衣服とは言えない粗末なものだ。
春蘭が、ありがとうと俯く。浩大は、春蘭を横抱きにして吊り灯篭が揺れる廊下を自室へ向かった。
「ちょっと、浩大。おろして」
「さっき、今日は許してもらえたって言ったな。それって、次は許されないかもしれないって事だろ?」
怒気を含んだ浩大の声。
春蘭は、体を小さく丸めて浩大を見上げる。男らしく精悍だけれど、父親とは少し違う系統の穏やかな顔立ち。しかし、さすが武官の子息だけあって、体は大きくて腕も胸も逞しい。
幼い頃は、ふたりで一日中王宮の庭を駆けまわったっけ。明るくて優しい浩大の全てが大好きだった。だから、降嫁する日が待ち遠しくて……。もう、それも叶わないけれど……。
「仕方が無いじゃない。私はもう公主ではないし、こうして生きていられるだけでも感謝しなくてはならないのよ」
「俺は嫌だ。春蘭が父上に抱かれるなんて、想像するだけで腸(はらわた)が煮えくり返る」
「そうは言っても、あなただってもうじき……」
「春蘭は、今でも俺を好いてくれてる?」
「えっ?」
「昔はよく、好きだって言ってくれてただろ?」
きぃと蝶番が軋んで、部屋の扉が開く。太子に仕える宮女たちは、女を抱えてあらわれた浩大に驚いているようで、礼も忘れてふたりに視線を集中した。広い部屋の奥にある寝台に春蘭をおろして、浩大が宮女たちに下がれと命じる。何人かの宮女が、春蘭に気付いて「公主様」と小さく叫んだ。
早く出て行けと言う代わりに、浩大が寝台の上で春蘭を組み敷く。手入れのされていない春蘭の黒髪はいくらか艶を失くしているが、白い寝具の上で清流のように美しく波打っている。深く輝く漆黒の瞳。ふっくらとした瑞々しい唇。目の縁が赤いところを見ると、ひとりで泣いていたのだろうか。春蘭は、他の誰よりも美しくて健気だ。
「何をしているの、浩大」
「今から春蘭を俺の妃にする」
「ダメよ。私は陛下に……、っふ、ぅ」
宮女がまだそこにいるのに、浩大は構わず春蘭の唇を奪った。くちゅ。逃げようとする春蘭の顎をつかまえて、わざと音を立てて舌を差し込む。見かねた宮女たちが、慌てて部屋を出て行った。
「……っはぁ」
ひとしきり春蘭の唇を堪能して、浩大が離れる。春蘭が呆けた目で見ると、優しい笑みが返って来た。
「今日は、君の誕生日だな。やっと十八になった」
「覚えていたの?」
「当たり前だろ。十八になったら俺の嫁になるっていう約束だ」
「だから、それはもう……」
「何が起ころうとも、俺は君だけを望んでる。君だってそうだろ?」
「……う、うん。そうだけれど」
「好きだよ、春蘭。俺を信じて身を委ねて」
大きな手に左右の頬を包まれて、春蘭はこくりと頷いた。粗末な麻織りの衣を脱がされて、素肌が晒される。
公主であった時のように、花びらを散らした湯に浸かり、香油で丹念に肌を手入れするなんて夢のまた夢。それどころか、満足に清潔を保つ事さえ難儀している。
首筋にくちづけられて乳房をやんわりと揉まれる度に、恥ずかしくて申し訳なくて、目尻から涙がつつっと滴った。
「春蘭」
ぞくりとするような、けれど優しい浩大の声。浩大に名前を呼ばれると、とっても心が落ち着くから不思議だ。
胸を吸われて、温かい指先が太腿を撫でた。胸の蕾を舐める舌と、太腿から恥部に向かう指。それぞれ温度は違うけれど、どちらも優しい動きをする。
「……あっ」
茂みの奥に浩大の手が触れて、春蘭の体が思わず跳ねた。今まで感じた事のない感覚に驚いてしまったのだ。
「痛かった?」
「ううん。そうではなくて、びっくりしたの」
「怖がらないで。君を傷つけるような真似はしない」
浩大が、豪快に衣を脱ぎ捨てる。胸や腹、均整の取れた美しい筋肉に、春蘭の目は釘付けになった。無意識に手を伸ばして、その質感を指先で味わう。つんつんと突いて、するすると指先を走らせると、浩大がくすっと笑いながら春蘭の両脚を割って体を滑り込ませた。
「春蘭。君は俺のものだ」
「……浩大」
「誰にも渡さない」
力強い浩大の目の輝きが、強固たる意思を伝える。たとえ一瞬の夢であっても、彼の伴侶になれるのは今生においての至福であろう。下女に落ちてしまった身を、変わらず愛しんでくれるのだもの。
浩大、と春蘭が呼ぶ。すると浩大は、春蘭を見つめたまま女苑に指を添えた。茂みに隠れた尖りをしばらく触って、指先を割れ目に沿って丹念に撫でていく。
「……ぁ、んんっ」
春蘭の柳眉が歪んで、眉間にしわが寄る。初めてだから、本当はたっぷりと時間をかけて愛してやりたい。だが、悠長にやっている時間は無い。出て行った宮女は、とっくに父上のもとへ行ったはずだ。
浩大は、春蘭の表情を見ながら蜜口を愛撫して中指を挿れた。濡れてはいるが、やはりきつい。薬指を加えて、ぐぐっとナカを押し広げる。指先を曲げて肉襞を擦り上げると、ぎゅうっと締まって熱い蜜がとろりと溢れてきた。
二本の指を引き抜いて、春蘭に見せつけるように指を口に含んで甘い蜜を舐め取る。そして、猛りの先端を蜜口にあてがって、一気に貫いた。
「っぁあ……ん!」
父上が謀反を起こす気でいるという事に、実は早くから気付いていた。皇帝に仕える臣下ならば、父親の愚行を全身全霊で阻止すべきであっただろう。しかし、それを看過して高みの見物を決め込んだのは、先帝が婚約を破棄して春蘭を隣国の皇子に嫁がせる腹積もりでいると知ったからだ。
地下牢で、春蘭を質にのうのうと生きているなど許せない。帝位に就いたら、密かに首を刎ねてやろう。
「ふ……ぁ、っ」
春蘭は、手に触れた布を握りしめて破瓜の痛みに耐えた。浩大が動く度に痛みは徐々に変化して、次第に体が快楽を拾い始めた。
大好きよ、浩大。
呼吸が乱れて、声にならない言葉が心の中で暴れる。
「ああ、春蘭……っ」
「……ふっ、あっ……ん、んん!っ」
「好きって言って、春蘭」
「……ぁああ、っん。すっ……、好、き……っ、ぁんんっ!」
「聞こえない。ちゃんと好きって言ってよ、春蘭」
春蘭の脚を大きく広げて、浩大が陰核を指でコリコリと押し潰しながら深い所を穿つ。破瓜の痛みはどこか遠くに行って、今は熱を吐き出したくなるような奇妙な快感しか感じない。ゆさゆさと激しく体を揺さぶられて、意識が真っ白に弾け飛んだ。
「春蘭」
夢とも現ともしれない境地をさまよっているのに、口を塞がれて同時に腰を打ちつけられる。息が重なって、肌がぶつかって、はぁ、ぬちゅっ、ぐちゅっと色んな音が寝台の軋みと共に聞こえてくる。
体を起こした浩大が、ひと際激しく動いて短く喘いだ。
◆◇◆◇◆
春蘭の安らかな寝顔を眺めて、浩大はふっと表情を緩める。
夜が明けたら、共に湯に浸かって体を綺麗にしてやろう。それから、春蘭の好きな薄桃色の衣を着せて、共に食事を……。もちろん、毎夜床を共にして、たっぷりと愛してやる。春蘭は、政治の道具ではない。下女でも父上の妾でもなく、俺の皇后として華々しく生きていくのだ。
俺から春蘭を奪おうとする輩は、誰であろうと許さない。
万死に値する。
外から、けたたましい怒鳴り声が聞こえる。春蘭を寝所に連れ込んだと宮女から報告を受けた陛下が、怒り心頭で乗り込んで来たのだ。
さてもうひとり、俺から春蘭を奪おうとする愚か者を始末しなくてはな。
浩大は、春蘭にくちづけて寝台を降りると、脱ぎ捨てた衣を素早く纏った。そして、肉の鎧を切り裂かんと、昼に研磨したばかりの剣を手に颯爽と廊下へ向かった。
【あとがき】
読んでくださってありがとうございます。
とにかく、本当にやべぇのあんただよ!的なのを書いてみました。
ヤンデレも良いなぁ~(* ̄▽ ̄)フフフッ♪