「彩さんって、朝ご飯はしっかり食べる人?」
ベッドの上で彩に覆いかぶさった仁寿が、にこやかにシャツの中で下着に手を掛けながら尋ねる。
下着には寿命があって、特にブラジャーは100回の洗濯が限界なのだとか。いちいち洗濯の回数なんて数えはしないけれど、店員さんの言う通りに下着だけは定期的に新調するように心掛けている。
だって、そこで買ったブラジャーが凄くフィットして、痒くならないしワイヤーの跡もつかないし、肩こりだって軽減したんだもの。いや、肩こりするほどたわわな大きさじゃない。だけど、自分にぴったりの下着って本当に神! それに、デザインもお値段に相応しく大人っぽくてお洒落なの!
そんな訳で、どんな状況下においても「今日の下着やばい!」なんて焦る必要はない。彩は、状況と全く関係のない事に頭と気持ちを落ち着かせた。
「ご飯と味噌汁、それから納豆をしっかり食べる人です」
「そうなんだ。イメージだと、バターを乗っけたトーストとコーヒーを飲んでそうだけど」
そう言って、仁寿が嬉しそうな顔でちゅっと軽くキスをして、ブラジャーを下にずらす。
とにかく、明日はふたりとも仕事だ。しかも、先生は当直じゃなかったっけ? 今夜はもう、割り切ってやり過ごそう。彩は、鼻先がつきそうなほど近くにある仁寿の瞳を見つめた。
「先生」
「何?」
「例の一緒に住むって件ですけど、少し考えてもいいですか?」
「断る一択なら、だめ」
「そうじゃなくて……。断るも何も、わたしは……」
「僕を好きになれない?」
スキニナレナイ。
先生の優しい声が、鼓膜にぶつかって文字の欠片に分解する。
和食派だから、朝食にバターを乗っけたトーストなんて人生で数えるほどしか食べた事ない。先生の中で、わたしは一体どんなイメージなんだろう。知りたいけれど、知りたくない。そもそも、どうして先生はわたしを好きなんだろう。その理由も、知りたいけれど知りたくない。
先生といると、強がりで弱虫でひねくれた自分が浮き彫りになる。先生は何も悪くない。踏み込めないのは、好きになれないのは、100%こちら側の問題だ。
「彩さんはさ、僕と初めて会った時の事を覚えてる?」
不意をつく質問に、彩は思わず目を丸くして口を半分開いた。
覚えてる。だけど、これはイエスかノーで答える質問じゃない気がする。先生は、普段から相手の話をよく聞こうと努める人だ。だから、続けざまに質問するのには意味と関係があるのだと思う。何か大切な情報の糸口をつかもうと、探っているのかもしれない。
しかし先生の手は、シャツの中で剥き出しになった乳房をもみもみしてる……。どんな状況なの、これ。
「あの時、一度だけ僕の名前を呼んだよね。じんじゅって」
「……えっ?」
初対面で呼び捨て? いくら年下だからって、そんな失礼な事するはず無いと思うけど……。
記憶を漁る間もなく唇が重なる。やっぱり、先生のキスは気持ちがいい。優しさに体ごと包まれるようで安心する。頭の中が空っぽになる。体中に、甘くしびれる成分が染み渡っていく。
「……ん、ぁ」
彩が、先に耐えきれなくなって息継ぎする。すると、艶めかしい息を吐いて継ぎ足して、仁寿の熱い舌が彩の舌を捕まえた。
もうシャツは捲り上がって、ブラジャーの寄せ効力と谷間を失った胸が完全に露出しちゃってる。間接照明の暖色が、いやらしさを煽るのは気のせいだろうか。
同じ相手と二度目をするなんてここ数年無かったから、妙に緊張して体に力が入ってしまう。
「ねぇ、彩さん」
唾液で濡れた唇を少しだけ離して、仁寿が息を乱しながら言った。
スイッチが入った男の人の目って、獰猛で野性的で本当にセクシーだと思う。間近で見つめられると、左胸がどくどくといつもと違うリズムを刻み始める。
「声……。彩さんの声、もっと聞きたい」
「……だ、だめ、です」
「どうして?」
「変、だから。わたしの声」
一瞬、仁寿の瞳が揺れて、彩は咄嗟に顔を横に背けた。すると、今度は仁寿の方を向いている頬に吸いつかれた。
ちょっと、顔にキスマーク付けないでよ! と言いたくなるくらい強く吸われる。暫くして、ちゅぱっと綺麗な音を立てて唇が離れた。
「じゃあ、声を我慢する彩さんを堪能しようかな。はい、バンザイして」
言われるがままに両手を上げると、シャツを脱がされてついでにブラジャーも除去された。
「恥ずかしいから、まじまじと見ないでください」
「隅々までお互いを知ってる仲なのに。可愛いなぁ、彩さん」
「隅々とか、かっ、可愛いとか、もう本当にやめて……」
「はい、次はあーんして」
「え、あー……、は、ふんっ……」
口の中を弄るような深いキスのあと、首から上半身のあちらこちらを舐められて吸われる。その度に、体にこもる熱量が増していく。この熱がどこに発散されるのか。それを先読みするかのように、先生の手がするりとショーツの中に潜り込んだ。
「……っあ、んっ!」
器用に割れ目を広げて、むくれたクリトリスを指の腹がこりっと刺激する。ぞわっと快感が走り抜けて、おさえきれなかった声が漏れてしまった。
「気持ちいい?」
「……は、い」
「ほんと可愛いなぁ、彩さんは。もっと愛したくなる」
「……なっ、だ、めっ、ん……っ!」
胸の頂を口に含んで甘噛みしながら、仁寿が指を潤み始めた秘口に挿れる。そして、彩の体にこもった熱を掻き出すように、二本の指で中を擦った。
「ふ……っんんっ!」
指が粘膜の上を這う度に、じゅわっと生温い愛液が溢れ出る。それを執拗に繰り返されると危険だ。すぐにイッてしまう。
やめて、ショーツの替え持って来てないの! 先に脱がせて、お願い!
この状況で、明日の仕事に履いていく下着の心配をしている自分に驚く。
だけど、先生と体はそんな事おかまいなしで。
全身が震えて背中が反ると同時に、あそこから体温と同じ温度の液体が大量に飛び散って意識が弾けた。
はぁ、はぁ、はぁ、はぁ。
荒い息遣いが、遠くで聞こえる。自分の呼吸なのに、自分の呼吸じゃないみたい。
ぼんやりとした視界で先生の輪郭が左右に揺れて、開かれた両脚が引き寄せられる。その直後、熱くて硬いモノが秘口に押しつけられた。
「……先生。ゴム……、つけて」
整わない呼吸の合間に、何とかそれだけ声にする。
腫瘍を患った卵巣は、卵管ごと切除されて無くなった。とは言っても、主治医によれば、残った左側は正常に機能しているらしい。確率のほどはよく分からないけれど、可能性があるのなら避妊はちゃんとしなくちゃ。セックスが原因でうつる病気を防ぐ上でも大事だと思うし。
この前もベッド脇のゴミ箱に使用済みのが捨てられていたから、言わなくても良かったのかも知れないけれど……。
「ちゃんと付けたよ」
「……んんっ!」
ぐぐっと孔を広げられる感覚に、彩の眉根が寄る。
仁寿は、根元まで挿れてゆっくりと腰を前後に動かした。彩の黒髪が、その動きに合わせて枕の上で形を変える。
初めて会った時、彼女の髪は胸くらいまであった。もちろん、顎のラインに揃えられた今の髪型もよく似合ってる。
一度見てしまうとそらせなくなる二重の大きな目。はっきりとした綺麗な目鼻立ち。あの時、社会人1年目だったはずなのに、話し方とか所作に浮ついたところが全く無くて、とても落ち着いた人だなって思ったんだ。
彩が、声を殺そうとぎゅっと唇を噛む。
「彩さん、口開けて」
どうしたら、彩さんの間合いに入れるのかな。押しの一辺倒じゃダメな気がする。かと言って、引く気は毛頭ない。
仁寿は、彩の唇を指でこじ開けた。