第八話 愛情




「……っふ、んっ」

 上手く息継ぎが出来なくて思わず開いた口に、生温かい舌が滑り込んでくる。くちゅ。はぁ。唾液で泥濘ぬかるんだふたりの境界は曖昧で、ため息のような甘い吐息はどちらのものか分からない。

 力む拳を解かれて、ふたりの指が絡む。いつも髪を乾かしてくださった。いといもなく足の傷に触れてくださった。頬に添えられた手は、わたくしの全てを包み込むかのように大きくて指先まで温かかった。

 今この瞬間も、カリナフさまはとても温かい。春の陽だまりのよう。
 どどっ、どくん、どっ。心臓が痛いくらいに高鳴って、乱れた鼓動を打ち続ける。ああ……、生まれて初めて、左胸から生きている音を聞いた気がする。

「……っ、ふ、ぅん」

 口の中を弄る舌と自分の舌が、触れて絡んで縺れ合う。肺の中が空っぽになって息が途絶える寸前、舌を強く吸われて唇が離れた。余韻の残る唇の熱が、気化の熱に奪われる。

 ――離れないで……。

 一抹の怖さにも似た心細さを払拭するように、鎖骨から肩口へ、なだらかな曲線をなぞってカリナフが柔肌にくちづけを落とす。同時に、硬い指先がもう片方の鎖骨を滑って夜着の衿をくつろげる。それから、淀みのない流れるような所作で腰紐が解かれて、瞬く間に夜着が取り除かれた。

 晒される身体は、高品な目にどう映っているの?
 清らかではないという事が、タナシアの心を不安で蝕む。いたたまれなくて、浴びせられる視線から守るように乳房を隠そうとする両手を敷布に縫い止められた。

「隠さないで、タナシア」
「でも、わたくしは……」
「綺麗だよ、君は」

 片方の乳房に、やんわりとカリナフの指先が食い込む。そっと揉まれると、つんと上を向いた薄紅色の頂と手の平が擦れて、痛みと言葉にできない気持ちよさに肌が粟立った。

「んんっ……!」

 一度、タナシアに軽くちゅっとくちづけて、カリナフがもう片方の胸に舌を這わせる。肌をくすぐる吐息と無造作に乱れた黒髪に思わず腰が浮く。野苺を味わうように舌先で中心を転がされて、タナシアはたまらず短い悲鳴を上げた。

 手が、胸を離れてそそっと鳩尾を撫でる。胸への愛撫で余裕の無いタナシアをさらに追い詰めるように、手が指先を下に向けて薄い恥毛の奥を目指す。無意識に閉じようとする脚の間をするりと掻い潜って、中指の腹が割れ目に隠れた小さな芯を探し当てた。

「ぃや……っ、ぁ、んっ……、そこは」

 効力の無い抗議を無視して、カリナフが乳首に歯を立て女芯を捏ねる。頭がくらくらと鈍くしびれて、びくんと体が跳ねた。雲に乗って、空に浮いているような感覚。それに浸っていると、くちゅっ、くちゅっと卑猥な音を立てながら、指が女陰ほとを広げて中を掻き回した。
 先ほどよりも大きな波が押し寄せる。

 まるで、身体を生きたまま貪られているよう。
 穏やかな人格が鳴りを潜めて、獰猛に食らいついてくる。それが、とても愛おしく思える。けれど、そのような事を考える暇も口にする隙も無い。

「……タナシア」
「ふぅ……、んっ、あ、ああっ!」

 指先で肉襞を執拗に擦り上げられて、タナシアは蜜を散らしながら果てた。はぁ、はぁ、息が苦しい。自分の体が、どこを彷徨っているのか分からない。

 果てたばかりの潤んだ双花を割って、熱い塊が押し入って来る。タナシアは、眉根を寄せて敷布を逆手につかんだ。大きく息を吸って反り返った細い喉を、透明な汗の雫が伝う。呼吸に合わせて上下するタナシアの柔らかな乳房を押し潰すように、カリナフが胴を重ねて汗ばんだ白い喉元を甘く噛んだ。

「……ぁう、んっ」

 タナシアの汗を、カリナフの舌が舐め取る。タナシア、と苦し紛れの息遣いで名を呼ばれた。装飾されたどんな言葉よりも、強く愛情が伝わって来る。慈しむように心を込めて名を呼んでくださる唯一の御方。嬉しい。幸せ。息を感じて声を聞き、肌に触れて体温を分け合う度に心に湧く気持ちを、どのようにしてお伝えしたら良いの……?
 カリナフが、体重を掛けて腰を押し進めた。

「はぁ、んんっ……!」

 蕩け切った粘膜を一気に抉って、硬い猛りが最奥を突いたままじっと動きを止める。身悶えるようなもどかしさを逃がそうと、口で息を吸って吐いてを繰り返す。

「……痛く、ない?」

 タナシアの顔を上から覗き込んで、カリナフが言った。黒曜石のような瞳にはゆらりと怪しい光が宿って、余裕が無さそうに凛々しい眉が寄っている。返事を待ちながら、カリナフの指がタナシアの顔にかかった乱れ髪を優しく払いのけた。

 痛みなんてない。破瓜の痛みは、髪と切り落とした過去の中にあるのだから。清い身ではないとご存知なのに、どこまで慈愛に満ちた御方なのか。

 タナシアは、両の細腕を伸ばしてカリナフの肩に触れた。乏しい明かりが揺らいで、カリナフの目が少し大きく開く。

「幸せです、カリナフさま」

 タナシアがはにかむと、私もだよと唇が重なった。呼吸で乾いた口内に、湿った熱い息が吹き込まれる。噛みつくように音を立てて下唇を吸われた直後、荒々しく舌を捕らえられて、タナシアはそれに必死に応えながらカリナフの首に両腕を巻きつけた。

 ゆっくりと、カリナフが腰を動かす。猛りは粘膜を擦過する毎に熱と量を増して、膣が搾られる水密桃のように、じゅ、じゅくっと果汁を滴らせた。

「……っん、ふっ、くぅ」

 塞がれた口の中で、甘い喘ぎがくぐもる。角度を変えて、獰猛に深まるくちづけ。口の端から溢れた唾液を啜るように、カリナフがタナシアの頬の肌を吸いながら律動の速度を上げる。

「……っはぁ、っん」

 カリナフの動きに照応して弾む乳房を大きな手が包んで揉んで、その頂を指の腹が摘んで弾く。

「ぁあ……んっ!」

 荒く乱れたふたつの呼吸、喘ぎ、淫猥な水音。羞恥に構う暇もなく、体を揺さぶられる。ぞわぞわと背筋が波立って、霞がかかるように意識が遠のいた。体に力が入って背中が反る。すると、カリナフが体を起こして柔らかな太腿の裏を押さえてタナシアの脚を大きく開いた。

「……見ないで、カリナフさま」

 カリナフの視線が、胸の辺りから腹部へ下って最後は両脚の間に落ちる。あられもない肢体と繋がった場所を見られるのは、恥ずかしくてたまらない。それなのに、どうして嬉しそうに笑んでいらっしゃるの……?

「恥ずかしい?」
「……とても」

 薄暗いからよく分からないが、きっと火がついたように真っ赤な顔をしているのだろう。
 甘蜜を垂らす秘苑は、乙女のようにきつく私を咥えて離さない。恥じらう姿もこの上なくいじらしくて、箍が外れてしまいそうになる。本能のままに、抱き潰してしまいたい衝動に駆られる。

 ……いけない。ずっと君だけを望んでいた。もっともっと慈しんで大切にしたい。
 秘溝から可愛らしく顔を出している陰核を親指の腹で押して、円を描くように愛撫しながら腰を打ちつける。

「あぁ……っ、まっ、て、カリナフさ……ま、ぁあ……んんっ!」
「……タナシア」

 名を呼ぶ低い声が、乱れた息に溶けて消えた。
 膣壁を擦る力と速さが増して、背筋を走る波が徐々に大きくなっていく。自分の全てが、真っ白な世界に攫われる。激しく肌がぶつかる音、絶え絶えな喘ぎ、ねっとりとした粘性の蜜音。蜘蛛の巣状にひび割れた硝子が割れ砕けるように、ぱりんと耳の音で何かが弾けた。

「……も、うっ」

 ぎゅっと閉じた目の際から、悲しくもないのに温かな涙が流れる。一番深い所を穿つように何度も突き上げられて、意識がちかちかと眩んだ。

「……だめ、もう、ぁああ……っ!」
「タナシア……っ!」

 がくがくと震えた体から一気に力が抜ける刹那、タナシアは呼吸を荒らげたまま意識を手放した。


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