終 章 ◆終章




 アユルは、寝具の上に寝そべって書簡を読んでいた。
 カリナフが王都を離れる前日にラディエに預けた手紙だ。それには、願いを聞き届けてもらったことへの感謝と忠誠を誓う言葉が並んでいた。それから、タナシアの罪を共に背負って戒めるために、彼の地まで二人で歩いて行くとも書かれていた。

 タナンの国境までの道のりは、キリスヤーナへ向かうそれよりも険しく遠い。高家の雅な暮らししか知らない二人だ。その旅路は、大変な苦難であろうと察する。


『遠い地で、慶事の知らせをお待ち申し上げております。一日も早くその日がまいりますよう、心より祈願致します。陛下と貴妃様に数多の幸あらんことを』


 手紙は、そう結ばれていた。


「貴妃様がお越しになられました」


 アユルは、身を起こして書簡を枕元の台に置いた。戸が静かに開いて、ラシュリルが部屋の中を覗くように顔を出す。


「早くこちらへ来い」


 手招きをすると、ラシュリルは嬉しそうに近づいてきて、寝具の上で向かい合うように正座した。


「今日は疲れただろう」
「いいえ。とても楽しくて、あっという間でした。茶話会の日が待ち遠しいです」

「それはなによりだな。そなたは、私が思う以上に頼もしくて勇敢だ」
「そんなことはありません。姫様たちがいい人ばかりだったから」

「褒め言葉を素直に受け取るのも大事なことだぞ」
「はい。ありがとうございます、アユル様」

「それでよい」

「そういえば、カリナフ様はお越しにならなかったのですね」
「なんだ、カリナフのことが気になるのか?」

「気になるというか、カリナフ様の荘厳な舞を楽しみにしていた方もいらっしゃったのではと思って。ほら、春の宴でカリナフ様がお面をはずした時、歓声が凄かったでしょう?」

「カリナフは……」


 タナンとの国境に行った。今生ではもう会えないだろう。アユルは淡々とした口調でそう言って、ラシュリルの夜着に手を掛ける。そして、慣れた手つきでするりと腰紐を解いた。


「なにかあったのですか?」
「あったが、それはまた日を改めて話す。私たちは、長い時を共に過ごすのだから時間はたっぷりある。今はそのような話をするよりも、早くそなたに触れたい」


 明々とともった照明に、ラシュリルは少し戸惑う。いつもなら消してくれるのに、今夜はどうしたのだろう。


「アユル様。あの、明かりを消してもいいですか?」
「いや、今宵はこのまま」
「へ?」


 ラシュリルは、思わず口をぽかんと開けた。
 だめ、無理です。最近、食事とおやつがとても美味しくて、あちこちがふくよかになってきた気が……。ラシュリルは、ゆるんだ夜着の衿をおさえながら口ごもる。ちらりと目だけを上に動かすと、アユルが優雅な笑みを唇に乗せて熱を孕んだ視線を向けてきた。

 角ばった人差し指の先が、頬をかすめるように髪をすくう。漆黒の瞳は魂まで引き寄せられてしまいそうなほど妖艶で、ゆったりとした指先の動きは全身が疼くような夜毎の愛撫を連想させる。


 ――恥ずかしい。


 アユルの笑みがそれを見透かしているように思えて、勝手に羞恥心をあおられてしまう。鼓動が早まって顔が熱い。ラシュリルが恥ずかしさに耐えていると、前髪を耳に掛けた指先が唇をなぞった。


「愛していると言葉にすればたった一言だが、想いは計り知れないほど深くて強い。どのようにすれば、私の気持ちを余すことなく、そなたに伝えられるだろうか」


 もう充分に伝わっています。そう答える前に、肩を押されて体が仰向けに倒れた。軽くくちづけを落とされて、衿から忍び込んだ手が鎖骨に沿って肩に触れる。するりと夜着が肌を滑って、ラシュリルは小さな声を上げた。首から胸、みぞおち。赤い印をつけながら、アユルの唇が下に向かっていく。


「……まっ、待って」


 脚を大きく広げられて、恥丘にアユルが顔を埋める。明るい部屋。されていることが丸見えだ。アユルが、形のいい唇から舌を覗かせる。そして、ラシュリルに見せつけるように、両脚を持ち上げて淡い茂みから秘帯に舌を這わせた。

 蜜口を舐め回して、肉溝に唾液を塗り込めて陰核を舌先で突いて強く吸う。親指と人差し指で皮をむいて先端をちろちろと舌戯してやると、ラシュリルの白い両脚が大きく震えた。花孔から出てくるとろりとした甘い汁をすすり立てて、たっぷりと舌につけて舌先を蜜口にさし込む。


「あ、っ、ん……っ」


 ラシュリルは、天をあおぐように喉をのけ反らせた。ぞわりとした快感が、恥部から臓腑を走り抜けていく。ぴちゃぴちゃといやらしい音を響かせながら、アユルの温かい舌が狭穴を出入りする。


「あっ、んんっ、あぁっ……」


 一瞬、体が強張る。もう少しでのぼり詰めるというところで体が回転して、腰を高く持ち上げられた。両手両足をついて、お尻を突き出した格好になっている。ラシュリルは息を乱したまま顔だけを背後のアユルに向けた。アユルが、ラシュリルの柔尻に指先を食い込ませてなまめかしい息を吐く。


「挿れてほしいとねだっているような格好だな」


 先走りを垂らす硬茎の先に、勃起して膨れた赤い肉粒を押しつぶされる。


「そんなこと……っ、あぁ……っ!」


 入口に硬いものがあてがわれて、先端が押し入ってきた。粘膜を擦られる感覚に、体を支える細腕が震える。それは、襞を押し広げるようにゆっくり奥まで進んで、二、三度奥を突いたあと、中をえぐるように動き始めた。徐々に動きが早くなって、背筋にぞくぞくとした小さな波が立つ。


「もう……っ、おねが、い……っ」


 果てたい。ラシュリルの懇願するような声に、抽挿が激しくなる。敷布に突っ伏して、されるがまま揺さぶたれる。ぎゅっと閉じたまぶたの裏で光が弾けて、大きい波が体を走り抜けた。もう、だめ。遠くに行ってしまいそうな意識とは裏腹に、花孔の中は吸いつくように熱い猛りを咥えている。それを悦ぶかのように、アユルが腰をぐっと押しつけて先端で最奥を突く。


「あっ、あっ……、んんっ、あぁ……っ、んっ」


 体が震えて全身から力が抜ける。同時に、剛直が引き抜かれた。


「あっ……」


 今度は、体を仰向けにされて唇で口をふさがれた。


「……っふ、あ、ん、んんっ……!」


 二人の唾液が口の中で混ざり合って、舌が絡まる。互いの吐息に溶けていく、互いの声にならない声。熱くて甘くて、頭がくらくらと痺れてしまう。


 ――幸せ。


 愛して、愛されて、愛しい人が体の隅々にまで染みこんでいくみたい。
 はぁ、と深い吐息と共に唇が名残惜しそうに離れた。汗ばむ白桃のような乳房の肌を食んで、アユルがその中心で固く熟れた紅い頂を口に含む。舌先でちょっとそれを転がされただけで、下腹部がきゅんとなってまた体が熱くなった。

 アユルは、ラシュリルの脚を持ち上げて両肩に乗せると、痛いくらいに昂ぶった自身の先を秘裂に食い込ませた。焦らすように先端を上下させて、ラシュリルを見下ろしながら、時折、ぷっくりと充血した蕾を弄ぶ。先程までアユルを受け入れていた蜜孔は、ひくひくと蠢いて愛汁を滴らせている。

 手の甲で口をふさいで羞恥に悶える顔。華奢な肩に瑞々しく弾む乳房。淫らな火陰。なにもかもが愛おしくて、骨の髄まで自分だけのものにしたくなる。愛している。一言では、気持ちが収まりきらない。


「アユル様……んっ、気持ち、いい……」


 目を潤ませたラシュリルが、浅い呼吸をしながら言う。アユルは、ラシュリルがこぼす蜜液を絡めて一気に奥まで貫いた。少し動くだけで、ざらざらとした襞がうねってきつく締めつけてくる。全身を突き抜ける甘美な喜悦。アユルは陶酔するように、ラシュリルの名を呼んで、胸を揉みしだきながら腰を打ちつけた。


「あ……っ、あ、んっ……、も……っ、だ、め……っ」


 眉根を寄せて、ラシュリルが苦悶の喘ぎ声を漏らしながら体を弓のようにしならせる。同時に、膣壁が強くアユルを締め上げた。狂おしいほどの愛情が、二人の魂までも結びつける。共に上り詰めていく瞬間、世界は二人だけのものになった。


「はぁ……っ、ぁん、あぁんんっ……!」


 がくがくと震えるラシュリルを激しく穿ち、アユルは低い声が混ざった息を吐いて最奥に白液を放った。どくどくと脈打つ自身を挿れたまま、アユルがラシュリルに覆いかぶさって、汗で湿った体を抱きしめる。二人の息と鼓動は、言葉を発することもできなほど激しく乱れていた。

 油が切れた燭台の炎が、白煙をくゆらせて消えた。しばらくすると、他の明かりも同じように消えて、寝所は真っ暗になった。アユルは、ラシュリルの頭を腕に乗せて寝具の上に横たわった。





 ◇◆◇





 季節が一巡りした。
 この一年で、王宮の雰囲気はすっかり変わってしまった。時々、妃ではない若い乙女たちが、御殿の一つに集まって楽しそうな笑い声を響かせる。貴妃主催の茶話会は、回数を重ねるうちに高家の娘だけでなくその友人たちや女官も加わるようになって、大変にぎわう一大行事となっていた。

 そして、甘くむせ返るような花の匂いが漂う夏の日。王家に新たな命が誕生した。
 黒い髪に透き通る青いガラスのような青い瞳。カデュラス人とキリスヤーナ人の特徴を併せ持つ王女だった。生後一ヶ月がたち、王女はセシルと名づけられた。セシルとは、カデュラスの古語で光という意味だ。

 王位を継げるのは、直系の男子のみと定められている。男子でなかったことが皆を落胆させるのではないかとアユルは思ったが、それはまったくの杞憂だった。

 かたくなに独り身を貫いた挙句、女官たちを追い出してしまうような陛下に御子が……。ラディエが、歓喜の涙を流して皇極殿に鼻をすする音を響かせた。ラディエにつられるように、次々と感動に胸を震わせた中年たちがむせび泣いて、アユルは全身をぞわぞわと粟立たせながら祝いの言葉を受け取ったのだった。

 臨月に入ってから、ラシュリルは清殿を出て華栄殿に移っていた。本来なら、歴代の王を祀ってある神陽殿の近くに産殿が建てられるのだが、アユルは清殿に近い華栄殿を産殿とした。毎日通うには、神陽殿はあまりにも遠いからだ。

 夜遅く、アユルは必ず華栄殿に行く。愛妻と愛娘の顔を見ないと、一日が終わらないのである。華栄殿の一番広い部屋で、薄明かりの中、ラシュリルは布団に横たわって安らかな寝息を立てていた。そのすぐ隣に、小さな赤子がころんと転がっている。

 アユルは、傍らに座って二人の顔を交互にながめた。どれほど見ていても飽きない。朝までずっと見ていられたらどんなに幸せだろうか。


「はふぅ」


 小さな声がした。寝ていたはずのセシルの顔が、あっという間にくしゃっとなる。そして、ふぎゃあと弱々しく泣き始めた。


「これ」


 アユルは、セシルを腕に抱いて立ち上がると、衣桁から掛け布を取って急ぎ足で広間を出た。


「まったく。昼間も散々泣いたのだろう? 少しは母上を休ませてやれ」


 人差し指でつんつんと口をつつくと、セシルは口をもごもごさせて呑気にあくびをした。どうやら、泣く気は失せたようだ。


「今宵は月が綺麗だぞ」


 セシルの体が冷えないように、掛け布でくるんで胸にしっかりと抱く。アユルは、外廊下に出て庭におりた。しんと静まり返った庭に、ざくと玉砂利の音が立つ。


「アユル様」


 ふり返ると、ラシュリルが「ごめんなさい」と慌てて階をおりてきた。深く眠っていたように見受けられたが、母親とはすごいものだなとアユルは内心で驚く。


「セシルと庭を歩いてくるから、そなたは休んでいろ」
「わたしもご一緒します」
「それでは意味がないだろう」


 いいえ、とラシュリルが少し痩せた顔に嬉しそうな笑みを浮かべる。
 さわさわとゆるやかな秋の風が吹いて、どこからかふわりと桂花が香る。アユルは、セシルの掛け布を整えてラシュリルの手を握った。


「寒くないか?」
「はい。ちゃんと着込んできましたから」


 ざくざくと心地よい音を奏でながら、アユルとラシュリルは庭を歩いた。黒く光る玉砂利の上に、夜半の月明かりを浴びる二人の影が伸びる。影はぴたりと寄り添って、いつまでも離れることはなかった。


   

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