第一章 ◆第06話




 どうにかして手をふりほどこうとするが、力が強くてほどけない。アユルが、ラシュリルの手を引いて皇極殿から遠ざかっていく。人気のない暗い回廊から林のような不気味な所を通って、腰をかがめないと通れない高さの門をくぐった。すると、踏みしめる地面の感触が変わって、ざくざくと足音がするようになった。

 どこまで行くのかしらと、ラシュリルが不安をおぼえた時、急に手を解放された。目の前にそびえる大きな建物。アユルが、履物を脱いで五段の階を上がっていく。ラシュリルは少しためらって、仕方なくあとに続いた。こんな所に置き去りにされては困ると思ったのだ。

 白木の廊下を歩きながら、ラシュリルは何気なく庭に目を向けて足を止めた。月光を浴びた玉砂利が、暗がりの中でつやつやと黒く輝いている。まるで、夜の海原をながめているような景色だった。


「どうした?」


 いぶかしんだアユルが、ラシュリルに近づく。その時、柔らかな風が吹いて、そよいだ木々の影が玉砂利の上で影絵のようにさわさわと揺れた。


「この世には、こんなに美しい夜があるのですね」
「面白いことを言うのだな」
「新王様にとっては、見慣れた光景なのでしょうね。うらやましいです」


 ラシュリルはにこりとほほえんで、なにかを思い出したように「あっ」と小さく叫んだ。粗相があれば……、と首をかき切られる真似をするハウエルの顔が頭をよぎったのだ。

「今度は、なんだ」
「わたしったら、うらやましいだなんて失礼なことを。先日の無礼もお許しください。新王様と会ったことは誰にも言っていません。だから……」
「よい。今も先日も、謝るようなことはしていないだろう」
「でも」
「私の方こそ、怖がらせてしまったな」


 アユルが背を向けながら、「許せ」とつけ加えて歩き出す。話し方はつんとして素っ気ないけれど、怖い人ではないのかもしれない。ラシュリルは、アユルの背を追った。本当に静かな所だ。人の気配がまったくない。


「ここには、誰もいないのですか?」


 前を歩く背中に問いかけてみたけれど、答えは返ってこない。廊下の角を曲がったところで、アユルが両開きの扉を開けた。


「ここはどこなのですか?」
「私の居所だ」


 入れと言われて、ラシュリルは中に一歩足を踏み入れる。背後で、きぃと金属音を立てて戸が閉まった。燭台の火に照らされた屋内は、黄金に輝く皇極殿とはまるで違う木質の寂しい色をしていた。

 アユルが、部屋を一つ通り抜けてラシュリルを書斎へいざなう。書斎の奥に皇極殿の高座のように一段高い御座おざがあって、その手前に四方のへりを絹織物で囲ったしとねが敷いてある。それに座るように言い、アユルが文机から玉佩を取ってラシュリルの向かいに腰をおろす。

 ラシュリルは、背筋をぴんと伸ばした。座る所作一つさえ洗練されていて、気圧されてしまう。これが、伯爵夫人の言っていた気品というものではないかしら。そんなことを思いながら、じっとアユルの顔を見つめる。

 太陽の光を浴びたことがないような白い肌。奥二重の目やすっと通った鼻筋、それから薄い唇は、まるで精巧な彫刻のように端正だ。誰かが、新王様は女性と見違えるくらい美しいと言っていたけれど、女性のような可憐な美しさとはまったく違う。硬質で、とても男らしい。


「湖でなにをしていた」


 アユルが、正面からラシュリルと目を合わせて問う。あの時のような威圧は感じない。けれど、やはり淡々とした口調が少しだけ怖い。ラシュリルは、緊張して早鐘を打つ左胸をおさえて、粗相をしないようにと自分に言い聞かせながら口を開いた。


「散歩をしていました」
「散歩だと? あのような森の奥でか?」
「綺麗な湖があると聞いて行ってみたのですが、知らない場所だったうえに雨が降り始めて……。道が分からなくなってしまったのです」
「なるほど」


 王女の表情や話し方に、嘘や偽りはなさそうだ。アユルは、玉佩を手のひらに乗せてラシュリルに見せた。ラシュリルのつぶらな目が大きく見開いて、わずかな時間差で柔らかそうな唇がはっと息を吸い込む。まるで、朝焼けの中で花の蕾が開く瞬間を見ているかのようだった。


「それは!」
「そなたのものか?」
「はい。わたしの……、とても大切なものです」
「そうか」
「拾ってくださったのですね。ありがとうございます」


 きらきらと輝く黒瑪瑙のような瞳と嬉しそうにゆるんだ口元。素直に喜ぶラシュリルの表情に、アユルの目が釘づけになる。無邪気で、華やかで、愛らしいの一言がぴたりと当てはまるような顔だ。


「よかった、見つかって。本当にありがとうございます」


 ラシュリルは、玉佩に手を伸ばした。そして、アユルの手の平から玉佩を取ろうとした瞬間、手を握られて体勢が崩れた。そのまま体が反転したかと思ったら、次の瞬間にはすっぽりと胸に抱きすくめられていた。

 なにが起きたのか、どうしてこうなっているのか、ラシュリルにはさっぱり状況が分からない。ただ、これは挨拶の抱擁とはまったく違うということだけはしっかりと理解できた。


「……あのっ」


 戸惑いながら、ラシュリルがアユルの顔を見上げる。


「ラシュリル」
「ど、どうしてわたしの名前をご存じなのですか?」
「先程、キリスヤーナ国王が私にそう紹介したではないか」
「あ、そう……。そうでした」


 ラシュリルが困った様子で目をそらすと、アユルが腕の力を強めた。


「新王様、悪ふざけはおやめください」


 どうにか逃げようとあがきながら、ラシュリルがアユルを上目ににらみつける。といっても、本人がにらんだつもりになっているだけで、顔立ちが優しいからまったく凄みはない。ラシュリルが腕の中でもぞもぞと体を動かす度に、ほのかに甘い桂花の香りがアユルの鼻の奥をやんわりとくすぐった。


「ふざけているつもりはないのだが」
「では、こういうことに慣れておられるのですね?」
「こういうこととは、どういうことだ」


 アユルの淡々とした切り返しに、ラシュリルは顔を真っ赤にした。


「新王様。そろそろ戻らないと、お兄様が心配します」


 ラシュリルが今にも泣き出しそうな顔をしたので、アユルは「そうだな」とラシュリルを解放して立ち上がった。そして、ほっとするラシュリルに手をさし伸べる。ラシュリルは、なんの疑いもなくその手を取った。


「素直だな」
「えっ……?」


 さっきと同じように手を引き寄せられた直後、体がふわりと浮いて足が床から離れた。ラシュリルは目を点にする。今度は、横抱きに抱えられていたのである。じたばたと手足を動かして抵抗を試みる。しかし、そのまま隣の部屋に連れていかれて、真っ白な敷物の上におろされた。

 背中をふんわりと包む柔らかな感触に、寝具の上に寝かされたのだと気づく。慌てて起き上がろうとするが、その時には既に両手を押さえつけられた状態で組み敷かれていた。明かりのない暗い部屋で、二人の体と視線が重なる。

 ラシュリルは、アユルの目を見つめた。夜闇のような漆黒に、きらきらと小さな光が輝いて、宝石のように美しい瞳だ。


 ――わたし、同じ夜空を知っているわ。


 幼いころ、眠れない夜にお父様が連れていってくれたキリスヤーナの海。夏になると数え切れないほどの星がきらめいて、月明かりに海原の波が揺れる。沖から寄せる波の音は、小さなラシュリルを飲みこんでどこか遠くへ連れていってしまうのではないかと思わせる怖さと、眠れずに騒ぐ心を鎮めてくれる不思議な力を持っていた。


「あの時は、赤く光ってい……っ!」


 端正な顔が近づいたと思った刹那、言葉を遮るように荒々しく唇をふさがれた。口紅が唾液ににじんで、口の中いっぱいに香料の独特な味が広がっていく。逃れようとして首を動かすと、顎をつかまれて舌をねじ込まれた。


「あ、ふっ……!」


 アユルが、ラシュリルの息を奪いながら袿の中をまさぐり、袴の腰紐を手に巻きつけて一気に引く。拘束を解かれた単衣がはだけて、ラシュリルはアユルの腕にしがみつきながら必死にもがいた。ふさがれた口の中を舌で蹂躙されて、上手く息ができない。

 水に溺れているみたいに苦しくて、もがけばもがくほど深くに引きずり込まれていくような感覚に襲われる。ごつごつとした手が、体の形を確かめるように衣の上から腰の曲線をなでた。粗野な動きではないけれど、今まで経験したことのない感触に体中の肌がぞわりと泡立つ。


「ふ……ぁ、んっ」


 角度を変えて舌を絡めながら、アユルが小袖の衿から手を忍ばせて胸の膨らみに触れる。包み込むようにやわやわともどかしい動きで乳房を揉み潰されて、ラシュリルは舌を吸われながらくぐもった悲鳴を上げた。酸欠で頭にもやがかかって、くらくらする。肩をなでられて、衣がするりと滑り落ちた。


「っ、はぁ……っ」


 混ざり合った唾液が糸を引きながら唇が離れると、ラシュリルの呼吸は異常なほど乱れていた。はぁはぁと必死に息を吸って吐く。それに照応して大きく上下する胸に吸いつかれて、硬い髪にさわさわと肌をくすぐられる。いろんなことが一度に起きて、理解がまったく追いつかない。一体、どうしてこんなことに……?


「もう、やめて……っ」


 ラシュリルの抵抗を無視して、アユルが乳房に舌を這わせて桜色の尖端を口に含む。甘噛みされて、もう片方のそれを指できゅっとつままれて。熱い口の中で痛いくらいに立ち上がったそこは、とても敏感だった。舌で転がされる度に、強く吸われる度に、体の奥深くが疼いて熱くなる。

 満たされては物足りなくなる不思議な熱。逃げたいのに逃げたくない。やめてほしいのにやめてほしくない。わたし、どうなっているの?


 ――ああもう、おかしくなってしまいそう。


 柔らかな乳房をひとしきり味わって、アユルは鎖骨から順に首を舐め、ラシュリルの頬に軽くくちづけた。浅い息を繰り返すラシュリルの目は潤んで、美しい顔にあでやかな表情が浮かんでいる。手から少しあふれる乳房に指先を食い込ませて、すっかり硬くなった頂を弾く。すると、柳眉が寄って果実のように瑞々しい唇からかわいらしい悲鳴がもれた。じらすように敏感な場所を避けて、胸から腹、脇を舌で愛撫しながら、ラシュリルの下着を剥ぐ。


「いや……っ、だ、めっ……」


 骨ばった手に内腿をなでられて、ラシュリルは両脚にぎゅっと力を入れた。アユルの指が、薄い下生えの中を探るように花唇を広げて硬い蕾に優しく触れる。自分でもよく知らない場所を触られて、体がびっくと震えた。なんとか悲鳴は飲み込んだけれど、羞恥が限界を越えて涙ぐんでしまう。指は、しばらくそこを押しこねて、とろけ始めた秘苑を擦った。

 怖い、とラシュリルが身をよじる。すると、そっと唇が重なった。先程のように息を奪うような荒々しいものではなくて、優しいくちづけだった。

 小さな音を立てながら、何度か唇をついばんだあと、舌先を歯列の間にさし込んでラシュリルの舌を優しく絡め取る。くちづけに意識が翻弄されてラシュリルの体から力が抜けると、唇が離れて蜜口に指を突き立てられた。


「あ……っ、んんっ!」


 膣壁を擦り上げられて、血が一点に集まる。中がほぐれてくると、指の数を増やされた。指に擦られる度に、くちゅくちゅといやらしい音を響かせながら花孔が蜜をこぼす。耳朶みみたぶを甘噛みされて、甘い吐息が肌をかすめた。うろをかき回すように指を動かされて、体が浮遊するような感覚が押し寄せる。そして、体がびくびくと震えて視界が真っ白になった。

 アユルは、体を起こして衣を脱いだ。張り詰めた屹立で蜜口をなぞりながらラシュリルをながめる。ラシュリルの白い肢体は、淡い色をした花のように細部まで美しい。先端で少しつつくだけであふれてくる蜜をたっぷりと絡ませて、アユルはゆっくりとラシュリルの中にそれを沈めた。


「ああ……っ!」


 熱い塊が、狭い隘路を押し広げる。鈍く痛むような気もするけれど、もう正しい感覚が分からない。脱力したラシュリルの中で、アユルがゆっくりと動き始める。動きはだんだんと激しくなり、淫らな声に応えるように深部を激しく突き上げられた。


「ふあっ……、あっ、んんっ……」


 必死に喘ぐような呼吸をしながら見上げると、アユルが眉根を寄せて息を乱していた。苦しそうに歪んだ顔と逞しい体。それに触れたくて宙をさまようラシュリルの手を、アユルがさらうように握ってくちづける。


「ラシュリル」


 つややかな低い声が呼んだが、深部を突かれて弓なりに体をそらしたラシュリルの意識は、また真っ白な世界に飲みこまれてしまった。


   

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