最終話 クロストリージオの太陽王に愛された少年


 できものは、もうしばらくすると治癒したかのように消える。しかし、病魔は体内にひそみ宿主しゅくしゅを侵し続けます。次は、忘れたころ体中に鮮烈なアザがあらわれ、臓腑や神経、精神までもがむしばまれて死にいたる。この病は魂まで食い尽くす、まさに悪魔です。

 医者の説明が、まるで僕の罪を責めて神を崇める司祭の演説のように耳を通りすぎていく。

「病魔を払う方法はないのか?」

「ございません。どのような薬も祈祷も、この悪魔には効かないのです」

「なにか手立てがあるはずだろう!」

「ないものはないのです。あとは、病魔からほかを守るのみでございます。この者をすぐに隔離して、決して近づかないでください。この病魔は、人から人へ乗り移っていきます。御身を一番にお考えください、陛下」

 ディフィシル様の荒立った声と冷静な医者の声。僕は視線をふらふらとさまよわせて、天井に描かれた天使の絵画をぼんやりと眺めた。

 病は、その人の業が引きよせる悪魔の仕業。

 心当たりがありすぎて、言い訳もできない。とうとう、この身に悪魔を招いてしまった。あの夜、マルタンに抱かれながら、神がどんな罰を僕に与えるのかと考えた。これが、その答えなのか――。

 僕には、寿命ではない死が約束セットされている。

 ショックで頭がうまく働かない。けれど、僕にとり憑ついた悪魔は人から人へ乗り移るらしいから、すぐにお勤めを辞さなくては。ディフィシル様まで悪魔につかまってしまったら取り返しがつかない。

 ――僕はもう、ディフィシル様のそばにはいられない。

 死よりも残酷な響き。生きながら真っ暗な地獄へ転落していくような心地だった。

 ディフィシル様から口止め料を上乗せした金貨を受け取った医者が、僕にあわれみの目を向けて部屋を出ていく。ドアが閉まると同時に、ディフィシル様がカウチソファに腰をおろして僕の顔をのぞきこんだ。

「フォン」

「……お許しください、ディフィシル様」

「なにを謝る」

「早く……。早く僕の職をといて、どこか遠くに」

 起き上がる気力もない。僕は、仰向けのまま目だけをディフィシル様に向けて震える声で言った。僕の行き先は、おそらく不治の病に侵された者が死を待つだけの収容院だろう。あの修道院よりも劣悪な場所で、もしかしたら体内に宿った悪魔とともに死を待たず焼き殺されるのかもしれない。

 ――よかったんだ、これで。

 このまま宮殿にいたって、僕は生涯、王妃に嫉妬し続ける。以前のように、純粋な気持ちでディフィシル様の背中を追えない。飢えた獣みたいにディフィシル様を求め、渇きに悶えて罪を重ねていくのだろう。

 悪魔が僕をディフィシル様から引き離し、死が僕のおろかな暴走を止めてくれるのなら、これ以上の幸運はないじゃないか。

「あなたはなにも悪くないよ、フォン」

 ハルシオンのように優しい旋律が、聴覚から全身にしみわたっていく。ディフィシル様の手がそっと僕の頬に触れた。

 ――あたたかいなぁ、ディフィシル様の手。

 ああ、僕はどうしてこんなにも罪深いのかな。罰を与えられても、やっぱりディフィシル様をあきらめられない。瞳が涙の膜でおおわれて視界がにじみ、つうと目じりからしずくがこぼれ落ちる。

 ――本当は、どこにも行きたくないよ。

 呼吸が止まる瞬間まで、ディフィシル様から離れたくない。でも、この世で唯一大切に思う人を道連れにはできないよ。ねぇ、僕はどうしたらいいの?

「いいえ、ディフィシル様。僕が悪いのです。神に背いてディフィシル様を愛し、王妃様に嫉妬して、悪事に手を染めました。だから、神が裁いたのでしょう。医者のいうとおり、僕に近づかないで。一刻も早く僕をどこかの収容院に入れてください」

「だめだよ、フォン。ずっと私のそばにいると、あなたは言っただろう。ほら、私が結婚すると告げた時。忘れたのか?」

「そんな約束、今はもう……。ディフィシル様まで病魔にとらわれたら国の一大事です。ですから」

 僕の必死な訴えを封じるように、ディフィシル様が親指の腹で僕の唇をおさえて柔らかな笑みを浮かべる。

「私は貴族たちの相手をしてくるから、あなたはここで待っているように。ほかの侍女には、クロディアは疲れて休んでいると伝えておく。いいね?」

「……は、はい」

「また夜に来る」

 僕のひたいにキスをして、ディフィシル様は部屋を出ていった。ディフィシル様の感触が残る前髪を指先で触って、唇を噛みしめる。

 僕は、心に沈殿した後悔と苦しさを吐きだすように声を殺して泣いた。一人きりなのをいいことに、泣いて、思いきり泣いて、泣きはらした目で窓から景色を眺める。山の稜線の谷間に沈んでいく夕日が、燃えるように真っ赤だった。

 夜のとばりがおりると、給仕の係りの女の子が運んできてくれた食事で腹を満たし、僕は寝支度を済ませた。

 離宮での夜が、淡々と過ぎていく。
 暖炉に薪をたして部屋の明かりを消し、カウチソファに横たわる。部屋は離宮の奥まったところにあって、人の声も物音もしない。ぱちぱちと薪がはじかれる音と揺れる炎の暖色に、眠気が誘発されてまぶたが重たくなる。僕がまどろんでいると、ドアが開いてディフィシル様が部屋に入ってきた。

 ディフィシル様は、足首が隠れる丈のカシュクール・ワンピースみたいな白い寝間着に赤い更紗さらさのローブを羽織っただけの軽装で、給仕の侍女を数名つれていた。

 僕は起きあがって、ディフィシル様に礼をとる。その間に、給仕の侍女たちが暖炉の前にあるテーブルに皿やグラスを並べた。ふうわりと漂ってきたのは、ブランデーと焼き菓子の甘い香りだっだ。

 ディフィシル様が、侍女たちをさげてドアを施錠する。僕は、暖炉から火をとって部屋の明かりをつけようした。しかし、ディフィシル様が「このままで」と言ってそれを制す。

「寝つきに、あなたとホット・ブランデーを飲もうと思ってね。もう春が近いというのに、今夜はやけに冷える。ここが山間いだからかな」

 こぽこぽと音をたてて、ホット・ブランデーがグラスにそそがれる。どうして、部屋に鍵をかけたんだろう。ふと、いつもはたいして気にしないような疑問が僕の頭をよぎる。

「飲め。体が温まる」

「あ、ありがとうございます」

 僕にグラスを手渡して、ディフィシル様が立ったままブランデーを一気に飲みほす。僕は、極上のホット・ブランデーを口にふくんだ。マルタンの部屋で飲んだものとは全然違う、芳醇な香りが鼻腔から抜けていく。

 もうひとくち、もうひとくち。

 僕は、ディフィシル様がそそいでくれたブランデーをじっくりと味わう。僕がブランデーを飲み終わると、ディフィシル様は脱いだローブを暖炉の前にあるイスの背もたれに掛けてカウチソファに寝転んだ。

「フォン、今夜はここで一緒に眠ろう」

 僕の左胸がどくんと大きく鼓動して、バクバクと強くて乱れたリズムを刻む。ほっぺたも熱い。これは、ブランデーを飲んだせいじゃない。嬉しさと恥ずかしさと、大好きな人に向けられる気持ちが一気にこみあげて、体中が歓喜しているんだ。だけど、手放しでは喜べない。僕の体内には、恐ろしい病魔がひそんでいるのだから。

「いえ、僕は隣の部屋で休みます」

「国王の命令にさからうのか?」

 ふふっと、おかしそうにディフィシル様が笑う。僕は少しの間もじもじと部屋着の端を指先で揉んで、戸惑いながらカウチソファに腰かけた。

 えっと。
 背中を向けるのは失礼だよね。
 かといって向かい合いのも恥ずかしいし。

 ちょっと悩んで、仰向けになる。

「私の方を向いて」

「は……、い」

 僕は、ごそごそと体を半回転させた。
 カウチソファは、いくら僕が小柄だからといっても二人が並んで寝るには狭い。必然的にディフィシル様と体が密着する。それに、向かい合うディフィシル様と目線の高さが同じで、まつげの一本一本がよく見えるくらい顔が近い。

「愛してるよ、フォン」

「僕もディフィシル様を、あ……愛しています」

 きらきらとした青い瞳に至近距離でみつめられて、思わず声がうわずる。ブランデーを飲んだばかりなのに、妙に緊張して喉がカラカラだ。

「本当に痛くないのか?」

 ディフィシル様が、そっと指の腹を僕の下唇にのせてできものに触る。こくりと小さくうなずくと、ディフィシル様は僕のうなじに手をまわして引き寄せた。息が触れ合う距離に、僕の心臓がひときわ大きな爆音を響かせる。

「フォン」

「はい、ディフィシル様」

「あなたのいない世界に、私を残していかないでくれ」

「僕だって、ずっとディフィシル様のそばにいたいです。だけど、僕はもう……」

「ブランデーに深く眠れる薬を混ぜた。許せよ、フォン。私は、あなたを失うのがなによりも怖い」

「深く眠れる薬って……? ディフィシル様、まさか」

「あなたが私のそばにいてくれるのなら、死もいとわない。この身を捧げる、あなたのために」

「どうして、そんな!」

「あなたと離れたくないから」

「だめです。ディフィシル様は僕とは違う。お願いです。早くブランデーを吐きだして!」

 僕は、ディフィシル様の死なんて望んでいない。ディフィシル様を喪ったら国はどうなる。死をも凌駕する恐怖が胸におし迫る。自分の顔から血の気が引くのが分かった。しかし、当のディフィシル様ときたら、いつもの平静を少しも取り乱す様子がない。

「あなたと私はなにも違わない。ねぇ、フォン。人を愛するのに、どうして神の許しを得なくてはならないのだろう。私があなたを愛する気持ちは誰に恥じるものでもないのに、どうして禁じられるのかな。私はね、あなたが修道院にいたころからずっと好きだったんだ。知っていたか?」

 目を見開いた瞬間、僕の声は唇ごとディフィシル様の唇に奪われた。

 待ってよ。

 僕が修道院にいたころからって、一体どういうこと? 
 僕の驚きを無視して、ディフィシル様の舌が口の中で僕の舌をつかまえる。

「はぁ、っ」

 息継ぎもままならないほどの荒々しいキスをしながら、ディフィシル様が僕の服をはぐように脱がせる。むき出しになった胸の粒を指先で引っ掻くようにはじかれて、体がびくんとはねた。

「あ……っ」

「あなたが修道院からいなくなったと聞いて、私がどんな気持ちだったか。あなたには、想像もつかないだろうね」

 少し息をはずませて、ディフィシル様が僕を組み敷く。そして、僕の下着を取りさって素っ裸に剥くと、胸や首元についばむようなキスをして、アダムのリンゴに痛みを伴うほど強く吸いついた。

「あ……っ! だめ、ディフィシル様まで神の怒りをかってしまいます」

「かまわない。もとから、私は神に背く者だから」

「僕は、ディフィシル様を道連れにしたくな……ひ、あッ!」

 ディフィシル様の舌が首筋を這って、僕は体をしならせる。胸の小さな粒をちろちろと舐められて甘噛みされると、理性が呆気なく吹き飛んでしまう。体中をなで回すディフィシル様の手のあたたかさが気持ちよくて、僕は自分のモノが硬くなるのを感じた。

 どうしよう。
 勃った先っぽが、ディフィシル様のお腹に当たってる。恥ずかしくてたまらない。身をよじると、ディフィシル様が僕の淫茎に触れてしごき始めた。

「ディフィシル様。や、やめて……っ!」

「ねぇ、フォン。私と王妃の初夜を見届けながら、なにをしていたの?」

「なっ、なにもしていません!」

「あなたは嘘までかわいいね。いいよ、フォン。私の手で果ててみせて」

 羞恥に耐える僕に意地悪な笑みが向けられる。まるで僕を知り尽くしたかのような絶妙な力加減に、なす術なく屹立の先端から白濁が飛び散ってディフィシル様の手や服を汚してしまった。

「ご……、ごめんなさい」

 息を乱しながら謝る僕に軽くキスをして、ディフィシル様が寝間着のポケットから取りだした小瓶のふたを開ける。恍惚としたディフィシル様の青い目に、背筋がぞくりとした。

「待って、ディフィシル様。まだ……」

「待たない」

 ディフィシル様が、僕に見せつけるように小瓶を傾けて中の香油で手をたっぷりとぬらす。そして、僕の後孔をほぐし始めた。孔の周りを指でくちゅくちゅとこねられて、プツッと指先を突っ込まれる。

「……は、あッ」

「よく慣らしてある」

「ん、あああっ……!」

「自分で触っていたのか? 私を思いながら?」

 そんな意地悪なこと聞かないで……。
 まさにディフィシル様を想像しながら自慰にふけっていたなんて、恥ずかしすぎて口が裂けても言えないよ。

 ぬちゅぬちゅと香油の卑猥な音を響かせて、ディフィシル様の指が中を激しく責めたてる。ああ、たまらない。自分で触るより、張り型をつっこむより数倍いい。マルタンなんて論外だ。

「く、ぁ……ッ!」

「気持ちいい?」

 ディフィシル様が、僕のあられもない場所に触れている。嬉しくて、体と心が快感と幸福に満たされていく瞬間は、言葉にできないほど感動的だった。

「フォンの気持ちいいところを教えて」

「全部……。ディフィシル様が触ってくださるところ全部、気持ちいいです」

「そうか」

 にっこりと笑って、ディフィシル様が指を深く挿入する。目から涙がぽろぽろこぼれて、口の端からだらしなく涎が垂れた。

 僕は今、どれほど緩んだ顔をしているんだろう。指を増やされて、中をこねくり回されて、体も心も快楽に溺れていく。ぞわぞわと体が小刻みに震えて、体のうずきが大きくなった。

「あっ、だめ……っ、また、またイク……ッ!」

 僕は体をのけ反らせて、再び吐精しながらのぼりつめる。息を整える間もなく、ディフィシル様がとろとろにふやけた後孔に熱塊の先端をすりつけて体重をかけた。

「愛してるよ、フォン」

「あぁ――ッ!」

 指や張り型とは比べ物にならない重量の猛りが臀穴を押し広げ、僕の腸壁をじゅぶじゅぶとこする。
 ずっとずっと、ディフィシル様と愛し合いたかった。

 お願い。もっと深いところまで、僕の淫らな孔を荒らして。

 僕の欲望を見透かしたかのように、ディフィシル様が奥を突いて激しく僕を揺さぶる。

 ――王妃と僕は違う。

 ディフィシル様が僕を求めるのは、国王としての義務なんかじゃない。本当に愛してくださっているからだ。そう確信すると、より強い快感が体中を支配した。

「はっ、んん……ッ! いい、っんん……ぁああぁああっ!」

 めまいを覚えるような絶頂。チカチカと視界が点滅して白む。初めて体感した、強烈な淫悦だった。それから何度も体位をかえて、僕たちは長い時間をかけて愛し合った。

 意識がもどった時、僕はディフィシル様の腕の中にいた。意識がもどったといっても、頭にかすみがかかって体は重たいし、とても眠い。激しい運動をしたから、ブランデーが体にまわったのかな。

 ディフィシル様が、まどろむ僕の赤髪をなでてひたいにキスを落とす。

「眠たいか?」

「……はい」

「私も眠たい」

 暖炉の方からばちばちと異様に大きな音がして、部屋に熱い風が吹く。天井や壁が、今日見た夕日のように真っ赤な焼け色に染まって、僕は部屋が燃えているのだと気づいた。

 ――ディフィシル様が羽織っていた更紗のローブも真っ赤だったなぁ。

 更紗は燃えやすい素材だから、暖炉の前のイスに掛けられたディフィシル様のローブに火が移ってしまったのだろう。誰かが異変に気づいても、施錠されたこの部屋に助けが来るとは思えない。

「フォン」

 大好きな声が、優しく僕を呼ぶ。僕は、夢見心地でディフィシル様の頬に触れた。

 僕の人生に、こんなにも幸福な死が与えられるなんて。
 怖くない。ディフィシル様の愛を、今夜、僕は確かに手に入れたから。

 ――美しい、僕の太陽。

 まだディフィシル様の顔を見ていたいのに、意識を保てないほどの強い眠気に視界がかすんでいく。

「愛してるよ、フォン」

 ごうごうと、低いうなりを伴った熱風が頬をかすめた。それっきり、僕の意識は混沌と深い眠りに落ちていった。


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