◆Story 14

「ん……っ」

 反射的に目を閉じて、真っ暗になった世界で何度も唇をついばまれる。ほんのり甘くてフルーティーなシャンパンの香りと味のする柔らかな唇の感触が気持ちよくて、彩は強請るように口を開けて舌を伸ばした。

 それに応えるように、仁寿が彩の唇を舐めて口の中に差し入れる。そして、彩の舌をつかまえながら頬に触れていた手で首や肩をなで、チュール生地の上から手の平で胸のふくらみを包んだ。

「ふ、……んっ、……せ、んせ……っ」

 キスの合間に大きく息を吸い込んで、彩は仁寿を呼んでワイシャツの胸元を指先でつかむ。キスだけで頭から溶けてしまいそうなくらい気持ちいいのに、ほかの刺激まで与えられると体がじんと疼いてしまう。眠れない夜ではないのに、先生がほしくてたまらなくなる。

 ――どうして?

 ちゅ、と音を立てて仁寿が絡んだ舌を離した。途端に、心に穴が開いたような寂しさに襲われる。

「彩さん、先生じゃない。彩さんと一緒にいる僕は、先生じゃないよ」

 彩が目を開くと、仁寿がペナルティを与えるように彩の下唇を甘く愛咬して、「名前で呼んで」とささやくような声で優しく命令した。

 至近距離から見つめてくる仁寿の目には、いつもの愛嬌が鳴りを潜め、獰猛さと物欲しそうな欲情の色がにじんでいる。仁寿の視線が彩の唇に落ちて、視姦するように舐めた。体の奥で、どくどくと低い脈動の音が響く。

「……仁寿さん」

 やっぱり恥ずかしさを拭えなくて、声が震えてしまう。けれど、名前を口にすると、陽だまりができたみたいに心があたたかくなる。彩は、目の奥がじわじわっと熱を帯びるのを感じながらもう一度名前を呼んだ。

「好きだよ、彩さん。本当に、大好き……」

 再び、唇が重なる。ふわりと慈しむように押しつけて、仁寿が彩の唇ときれいに並んだ歯、頬の内側を丁寧に舐めていく。優しい動きが嬉しくて、でももどかしくて。彩は、口からあふれそうになった唾液をごくんと飲み込んで、仁寿の舌を舌先でつついた。

「……ん、……はぁ……っ」

 急に噛みつくようなキスに変わり、荒々しく舌を吸われる。腰を強い力で抱き寄せられて、彩がソファーに座る仁寿にまたがるような体勢になった。めくれあがったカクテルドレスのスカートの下で、彩の股間に強張った硬いものが服越しに触れる。

 ちゅ、くちゅ、とむさぼるようなキスをしながら、仁寿が体を密着させるように左腕で彩の肩を抱く。そして、お互いの胸に押しつぶされた彩の乳房を右手で揉みしだいた。

「……ん、っ、……ぅ、ふぁ……」

 息継ぎもままならないキスに頭がしびれる。服の上から触られているのに、胸をまさぐる手つきが性的衝動を突き動かすようにいやらしくて、胸の肉が形を変えるたびにぞくぞくとした快感が全身を走る。
 優しい仁寿さんだと安心する。ほとばしるような情欲をぶつけてくる仁寿さんは愛おしい。

 ――お願い。

 彩は、仁寿のうなじに腕を回してぎゅっと抱きしめた。
 過去にあったいろいろは、彼には関係のない出来事だ。なにがあったのか。どうして恋愛に対して消極的になったのか。話せば親身になって聞いてくれるだろうし、傷を癒すように慰めてくれると思う。でも、彼との間にあの忌まわしい思い出を持ち込みたくない。もう二度と、先輩の顔を思い出したくない。なにより、仁寿さんのことを一番に考えたい。

 ――だから、お願い。

 記憶に焼きついて消えない、新宿のラブホテルの赤い室内灯に先輩の残酷な言葉とピエロみたいな笑顔。それを全部、花火のカラフルで美しい光に、仁寿さんの優しい言葉と笑顔に塗り替えて――。

 そしたらわたし、きっと怖がらずに甘えられる。きっと、仁寿さんを好きになる。
 目の奥の熱感が強くなって、つぅっとあたたかい水滴が彩の頬をつたった。

「彩さん……」

 どうしたの? と仁寿が驚いた顔で彩を見る。そして、スラックスのポケットから取り出したハンカチを慌てて彩の顔に当てた。覚えのある、おしゃれな女子が使っていそうな柔軟剤のいい香りに、思わず笑みがこぼれる。

「嫌だった?」

「違うんです。嬉しくて。仁寿さんみたいに素敵な人から好きだって言ってもらえて、わたしは幸せだなぁと思ったら胸がいっぱいになっちゃいました」

「そっか、それならよかった」

 仁寿のほっとしたような顔が近づいて、唇が触れそうになる。
 今日は、朝から仕事をして長距離を移動した。花火を見にいこうと誘われるまで、ただ夜ご飯を食べにいくだけだと思っていたからシャワーも浴びてない。冬とはいえ汗をかいているし、さすがにこのままでセックスするのは気が引ける。

「あの、仁寿さん」

「ん?」

「お風呂、入りませんか?」

「一緒に?」

 いえ、別々に……。と言おうとしたが、あとの祭り。仁寿が無邪気な目をきらきらさせていたので、彩は顔を真っ赤にして頷くしかなかった。

 ◆◇◆

 カクテルドレスはしわにならないように、パウダールームに設えてあるオープンクローゼットのハンガーに掛けておく。既に仁寿のワイシャツとネクタイ、スラックスが掛けてある。脱いだ下着とストッキングは、几帳面にたたまれた仁寿のそれと並べて目隠しのタオルをかぶせる。

 彩がパウダールームでメイクを落としてバスルームに行くと、シャワーブースの湯煙の中で、仁寿が豪快に髪の毛を洗っている最中だった。

 全面が白い壁で囲まれたバスルームは、時間の感覚がなくなってしまうくらい明るい。うっかり、今が夜だということを忘れてしまいそうだ。
 彩は、素肌に巻きつけたバスタオルにゆるみがないかを確認して、シャワールームのドアを開けた。

「お……、お邪魔します」

「あ、彩さん。こっちに来て。僕が洗ってあげる」

 シャワーに打たれながら、仁寿が手招きする。余分な肉がなくて、かといって痩せすぎているわけでもない。軽く割れた腹筋は控えめにいっても最高の目の保養だと思う。大学生のころ本屋さんで立ち読みしたメンズ雑誌に載っていた、雨もしたたるいい男特集のモデルみたいだ。

「いえ、恥ずかしいので自分で洗います」

「えー、大丈夫だよ。コンタクトをはずしてるから、あまりよく見えてないし」

「本当ですか?」

 訝しむ彩に、仁寿が眉間にしわを寄せ、目を細めて見えてないアピールをする。一応、腰にタオルを巻いてくれているし、大丈夫だろう。なにが大丈夫なのかよく分からないが、彩は仁寿のいうことを信じてシャワーの下に立った。

「お湯、熱くない?」

「はい、ちょうどいいです」

「じゃあ、頭から洗うね」

「お願いします」

 バニラの香りがするシャンプーを手の平で泡立てて、仁寿が彩の髪の毛と地肌を丁寧に洗う。シャンプーを流してトリートメントまで終わると、今度は新しいボディタオルにソープを垂らして泡立て始めた。多分、他人から体を洗ってもらったのは、幼稚園のころが最後だったと思う。女子の友達も含めて、誰かとお風呂に入るなんて大人になってから一度もない。

 ――あ、由香とは何度か岩盤浴に行ったっけ。

 ふと北川由香の顔を思い出して、彩は彼女がこの状況を知ったらどんなリアクションをするのだろうと考える。おそらく、目が飛び出るくらい驚いて、最後にはよかったねと涙ぐんでくれるのではないだろうか。

 そういえば、今まではなんでも由香に話してきたのに、仁寿との仲が以前より打ち解けたのは言ってない。彩は、それに気づいて申し訳ない気持ちになる。別に隠すつもりはなかったのだが、お互いに仕事が忙しくて話す機会がなかった。これについては、水臭いと一言お叱りを受けそうだ。

 ――由香に、なにかお土産を買って帰ろう。彼女は甘いお菓子が好きだから、有名なお菓子屋さんのそれがいい。

「彩さん、僕に背中を向けて」

 もこもこの泡に包まれたボディタオルがうなじに当てられて、クルクルと円を描くように肌を擦る。卑猥な行為をされているわけではないのに、体にくすぶる先程の余熱のせいで変な動悸がする。どこと明確にいえない体の中が、じんじん疼く。今まで経験したことのない感覚に、勝手に羞恥をあおられて胸の鼓動が加速する。

 仁寿が洗ったのは、バスタオルから露出している肩や肩甲骨の上、それから両腕だけ。泡を洗い流すと、お湯に濡れたバスタオルが張りついて、彩の体のラインが浮き彫りになった。肌が透けているわけではないのに、すごくいやらしい格好をしている気がする。

「もっ、もういいです。あとは自分でしますから……!」

 動揺して、両腕で胸を隠しながら振り返ろうとする彩を、仁寿が後ろから抱きしめる。一瞬、肩がぴくりと震えて体がすくんだ。しかし、それは本当に一瞬で、こめかみに愛情を表現するようなキスをされると、すぐに緊張は解けてしまった。同時に、動揺まで落ち着くから不思議だ。

「彩さん、かわいい」

 吐息交じりの艶声が耳元でささやいて、耳たぶを舐められた。聴覚から麻酔をかけられたように脳髄が麻痺する。彩が顔だけで振り返ると、二人の鼻頭がこつんとぶつかって唇が重なった。

 さっきの続きとでもいうように、前戯をはぶいて口内を舐め回され舌が絡み合う。彩がキスに意識を奪われている間に、体に張りついたバスタオルを取り除かれて、ソープまみれのぬるぬるした手に胸の双丘をなでられた。

「……ん、んっ」

 柔らかい乳首をつままれ、指の腹で押しつぶされ、またきゅっとつままれる。硬く勃起していくそれを弄ぶように、仁寿が指先で執拗に愛撫する。乳首がツンと勃ちあがると、次は乳房をやんわりと揉まれた。

 キスも、肌に触れる体温も、与えられる刺激も、全部が気持ちいい。心が追いついていないだけで、体はもう知っているのだろう。この人の行為には、愛情しかないと――。

「ん……っ、は、……あっ……」

 キスを繰り返しながら、手が胸から下腹部におりていく。ウエストのくびれと平べったい下腹と。濡れた彩の肌と輪郭を堪能するように、優しい手つきでなでる。仁寿の舌にねっとりと口の粘膜や舌の裏側を舐められて、あふれた唾液が彩の口の端から垂れた。息があがって、ちゃんと息継ぎができているのかさえ分からない。

 水圧を調節されたシャワーが、降り出した雨のような勢いで二人にそそぐ。胸にぬりたくられた液体のソープが、体を流れ落ちるお湯に運ばれて彩の秘処に滴った。下腹を触っていた仁寿の指先が、滴る濃密なソープをぬり広げるように無毛の恥丘を行き来する。

「はぁ……、ん……んんっ!」

 陰裂からちょこんと頭を出しているクリトリスの先っぽを指先がかすめて、思わず悲鳴のような声が漏れた。

「ああ、ごめん。手が滑っちゃった」

 笑いを含んだような声に、悪びれた様子はまったくない。
 仁寿が、顔を上気させる彩の唇をついばむ。そして、焦らすように太腿の内側を手の平で擦り始めた。下半身の疼きが強くなっていく。

 触られているのは太腿なのに、シャワーのお湯とは違うもので脚の間が湿っていくのが分かる。恥ずかしさと焦らされるもどかしさで、どうにかなってしまいそう。閉じた太腿をすり合わせるようにもぞもぞとする彩に、仁寿が悪戯っぽく笑う。

「触ってほしいの?」

 彩が恥ずかしさをこらえて頷くと、仁寿はシャワーを止めて手にボディソープをたっぷりとつけた。それまでうっすらと香る程度だったホワイトムスクの匂いが、湯気に溶けてシャワーブースに充満する。

「彩さんと、たくさんキスしたい」

 顔に影がかかって、ちゅっと唇を吸われた。彩は体ごと振り返って、背伸びをする。そして、しがみつくように仁寿の首に腕を絡ませる。仁寿が彩の腰をかき抱いて、もう片方の手で恥部に触れた。

「……あっ、……ん、ふぁ……っ」

 閉じた裂肉を左右に開かれて、淫溝の中を丹念に擦られる。小さな悲鳴を封じるように仁寿の唇に口を塞がれて、くぐもった彩の声がシャワーブースに響く。ソープが、ぐちゅぐちゅぬちゃぬちゃといやらしい音をたてて、耳を塞ぎたくなった。

「……ん、んんっ……、は、ぁ……、ぅんッ」

 仁寿が、クリトリスをぐりぐりと円を描くように指先で押しつぶす。それからソープのぬめりを利用して尖りの先端を引っ掻くようにちろちろとこねられると、電流のような快感が全身を駆け巡り、彩はたまらず背中をしならせた。

「気持ちいい?」

 彩の体を左腕一本で支えながら、仁寿が膨らんで硬くなっていく肉芽の包皮を剥く。

「ぅ……んんん――ッ!」

 チカチカと視界が白く点滅して弾けてしまうほどの刺激に、痙攣するように体が震えた。体から急激に力が抜けていく。

 彩の舌を強く吸いあげて仁寿が唇を解放すると、二人を繋ぐように透明な粘性の糸が引いて、ぷつんと切れた。

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