白雪姫に転生したのですが、通りすがりの王子様と結婚するのは嫌なので永遠の眠りにつこうとした結果、憧れの王子様に愛されました


「この人以外は、森に入れないでほしいの」

 私は真剣な顔で、七人の小人のリーダーらしき爺(ごめん、名前は知らない)に紙切れを渡した。それには、ある男性の名前がこの世界の文字で書かれている。

「スーグル・サガラー?」

「スグル・サガラよ。彼は眉目秀麗で聰明、そのうえ性格もいい、この世に唯一無二の王子様」

 爺の目が鋭く光り、私を見つめ返してくる。いい目をしているわね。さすがだわ、爺。

 七人いる小人の中からこの爺を選んだのは、彼が一番の年長者であり、冷静で温厚で、最も信頼できる小人だからだ。

「王子じゃと? 姫は、スグル・サガラと知り合いなのかい?」

「ええ、よく知っているわ。ほかの男は王妃の手先かもしれないから、絶対に私に近づけないで。お願い、もう怖い思いをしたくないの」

 胸の前で両手を組み、懇願するように言う。すると爺は、紙を折りたたんでジャケットのポケットに入れ、深く頷いた。この森にやって来た狩人に二度も命を狙われた挙句だから、爺は私の言葉をすんなり信じたようだ。

「ふむ……、姫を守るためじゃ。スグル・サガラ以外は姫に近づけないと誓おう」

「ありがとう、これで安心して暮らせるわ。ねぇ、今夜の食事はなにかしら。あなたが作ってくれる、あのおいしいスープをいただきたいのだけれど」

「ああ、いいとも。それじゃあ、これから皆で食料を調達しに行ってくるとしよう。外は危険だから、姫は小屋の中でわしらの帰りを待っていなさい。いいかい? 知らない人が訪ねて来ても、絶対にドアを開けてはいけないよ」

 返事の代わりに笑顔で応えると、爺は他の六人の小人を呼び寄せ、列をなして陽気な歌を歌いながら森へと出かけていった。

 間もなくこの森に、魔女に扮した王妃ままははがやって来る。毒リンゴを手に、この世で最も美しい白雪姫わたしを亡き者にするために――。

 ・。♡。・゜♡゜・。♡。・゜

 私は、仁科にしな莉子りこという名前の平凡な二十六歳の会社員だった。地方で生まれ育ち、出身大学も平凡、背格好も顔も性格も、ぜーんぶ平凡。

 これといって自慢できるような特技もなく、取り柄はなにかと聞かれたら、真面目なところ……とこれまた平凡な答えしかできない。あ、小さいころから髪の毛だけは、きれいだって褒められていたっけ。

 彼氏いない歴は年齢とイコールで、もちろんエッチの経験もない。父親の影響か、どうも男の人が苦手だったし……。

 そんな私の生き甲斐は、七つ年下の妹の成長だけ。小学六年生の時に父親が愛人と蒸発して以来、身を粉にして働くお母さんの代わりに手塩にかけて世話をしてきた妹。

 彼女は、私のアパートで一緒に暮らしながら都内の大学に通う、華の女子大生だ。お母さんの負担を少しでも減らしたくて、妹の学費は私持ち。妹は素直で頑張り屋さんだから、彼女に使うお金は少しも惜しくない。

 生活と妹の学費のために働き、毎日のように残業して、ついに今年の冬のボーナスは過去最高額を更新!

 妹に新しいコートを買って、いつもは食べられないホテルの高級ディナーを一緒に食べて、幸せな週末を過ごしたのが最期。

 その夜、私は冷蔵庫にあった栄養ドリンクを一気飲みして倒れ、意識不明のまま帰らぬ人となってしまった。

 妹の嬉しそうな笑顔と豪華な晩餐、そこに栄養ドリンクまで注入しちゃったものだから、幸福過多で私の血脈がオーバーヒートしちゃったんだと思う。知らんけど。

 とにかく科学では説明のつかないなにかが起きて、死んだはずの私は白雪姫の物語の中で目覚め、白雪姫として七人の善良な小人おとこたちに匿われて生きている。

 小人たちの姿が森の奥へ消えると、私は小屋に入って窓辺のイスに腰かけた。頬杖をついて、窓の外を眺める。静かな森には木々の葉が生い茂り、所々に鮮やかな色の花が咲いている。かつて暮らしていた東京とは違って、長閑でいい所だ。

「はぁ……」

 窓に映る自分の顔にため息が出る。
 雪のように白い肌、赤い唇。瞳はサファイアのような青で、ドレスの胸元にはくっきりはっきり谷間がのぞく。

 ウエストもきゅっと締まって、黒くて長い髪以外は仁科莉子の原型をとどめていない。年齢も多分、十歳くらい若返っている。

「生きている時に、こんな美女だったらよかったのになぁ」

 長寿の国に生まれ育って、まさか早逝すると思っていなかったから……。本音をいうと、一度くらい恋愛してみたかった。

 相手は会社の上司、相楽さがらすぐるさん。

 私が勤めるSAGARAホールディングスの会長の孫で、アメリカの有名大学を卒業後、イギリスの大手企業ミナム・カンパニーにて経営を学んで帰国。

 整った甘いルックスに細身の長身、そしてアラサー男の絶妙な色気。完全無欠の彼が商品開発部門の課長として颯爽と現れた時、同僚の女子たちが一斉にざわついた。私もこっそり、皆にまぎれてざわついた。

 もちろん上司としても完璧で、それまで生活の糧でしかなかった仕事に遣り甲斐を覚えたのは、傑さんが的確な指摘とアドバイスをしてくれたからだ。

 彼が来てから、殺伐としていた職場の雰囲気が明るくなって、今思い出しても素敵な上司に出会えたと思う。

 私の心に芽生えた彼への憧れや尊敬が恋愛感情に変わるまで、そう時間はかからなかった。

 絶対に叶わない恋。
 傑さんと私では、なにもかもが違い過ぎる。それに、なんちゃら商事のお嬢様と婚約すると噂で聞いたし、平凡な平社員の出る幕なんて最初からなかった。

 彼のもとで仕事をした幸せな一年半が、走馬灯のように脳裏をよぎる。

「今ごろ、なにをしているんだろう。会社で仕事中かなぁ」

 私には、仁科莉子だったころの記憶がある。叶わない恋だけど、彼を好きな気持ちも消えてない。それなのに、このまま白雪姫の物語が進んで、通りすがりの王子様と結婚するなんて、まっぴらごめんだわ。だって……。

 ――私の王子様は、傑さんだけだもん。

 だから、傑さんの名前を紙に書いて爺に渡した。爺は必ず私との約束を守って、どんな手を使ってでもスグル・サガラ以外の男を排除パージしてくれるはずだ。

 通りすがりの王子様には申し訳ないけれど、私はこの恋を大事にしたいの。

 ――だって、嫌じゃない?

 好きでもない人に体を触られて、処女を捧げるなんて。

 トントントン。
 ドアをノックする音が聞こえる。返事をしてドアを開けると、黒いローブを頭からかぶった老婆が立っていた。魔女に化けた王妃、白雪姫の継母だ。

「こんにちは、お嬢さん」

 魔女のしわがれた声と手が、ゾッとするほど不気味で怖い。一言、二言、言葉を交わし、魔女が真っ赤に熟れたリンゴを差しだす。

「ありがとう、おばあさん。おいしそうなリンゴね」

 物語のシナリオに沿って、私は甘い香りのするリンゴを齧り、その場に倒れた。魔女の高笑いが響き渡る。悪意というのは本当に残酷なものだ。

「か……、はっ」

 息が苦しい。
 遠のいていく意識の中、傑さんの顔が頭に浮かんだ。

 私の遺体は、小人たちによってガラスの棺に安置される。本来の物語と違うのは、王子様なんて永遠に現れないってとこ。

 ドクンと心臓が大きく鼓動すると同時に、息苦しさが限界に達して視界が暗転する。

 ――さようなら。

 私は、もう二度と目覚めない。だって、この世界に「相楽傑」は存在しないのだから。

 ……はず、だったのに。

 全身を打ちつけるような衝撃がして、私は目をあけた。

「おい、なんてことをするんだ。気をつけろ!」

 叱責する声に驚き、慌てて辺りを見回す。周囲には、私が納められていた棺のガラスが割れて散らばっていた。場所も小人たちと暮らしていた森ではなく、田園が広がるどこかの農村のようだ。

 ――な、何事?!

 瞠目する私に、骨ばった白い手が差し伸べられる。

「ケガはありませんか?」

 声の主のほうへゆっくりと目を向けると、絵本でおなじみの王子様と同じ格好をした男が、心配そうな顔で私を見ていた。かなりのイケメンだ。

 そして、私の周りには、片膝をついて敬礼する鎧姿の騎士たちの姿がある。さっきの叱責は、担いでいた棺を落っことした騎士たちに向けられたものだったのだろう。

 ――待って、これってまさか……。

 嫌な予感がする。物語のまんま、森を通りかかったどこぞの王子様が白雪姫を見初めて、遺体を国に持ち帰ろうとしている最中なんじゃないの?!

「いやぁああぁ――っ!」

 私は、絶望に頭を抱えて叫んだ。
 物語は、私の願いを無視して順調に進んでいる。着々と、白雪姫と王子様が結ばれるハッピーエンドに向かって――。

 ああ、もうだめだ。見ず知らずの王子と結婚しなくちゃいけない。結婚したらエッチもしなくちゃいけない。嫌よ、悪夢だわ。

 ――酷いよ、爺! 私との約束を破ったのね?!

 なかばパニックになりながら頭を抱えていると、王子様が私の耳元に顔を近づけて来た。王子様から、ふわりといい匂いがする。気のせいだろうか。どこかで嗅いだことのある香りだ。

「仁科さん」

 王子様のささやくような声に、私は耳を疑った。

「……な、なんで私の名前を?」

「しっ、大きな声を出さないで。信じてもらえないと思いますが、俺です。スグル・サガラ」

 王子様と、至近距離で視線が交わる。髪の毛と同じ真っ黒な瞳。まぶたはきれいな二重で、右目の下に小さなほくろがある。

「え……、ええええええーッ?!」

 思いっきり驚愕の叫び声をあげて、私は慌てて口を両手でおさえる。目だけ動かして周囲を見ると、騎士たちが怪しむような視線を私に向けていた。

「仁科さん、これを見てくれませんか?」

 王子様が、マントをひるがえして胸元のピンバッジを指さす。それはいつも傑さんがスーツの上襟につけている相楽ホールディングスの役員証で、ちゃんと「Suguru Sagara」と名前が刻まれていた。

 冷静になってまじまじと見ると、髪型も顔も、それから低く落ち着いた声と上品な話し方まで確かに傑さんだ。

「う、嘘でしょう? 本当に本物ですか?」

「ええ、本物です。驚かせてしまって申し訳ありません。騎士たちが怪しんでいるので、とりあえず俺と一緒に行きましょう。さぁ、手を」

 白馬の背にある鞍に座らされ、私の後ろに傑さんが跨る。黒い革手袋をした傑さんの手が手綱を引くと、白馬がゆっくり歩き出した。

 背中が彼の胸板にくっついて、まるで後ろから抱きしめられているような気分になる。そして、さっき感じたいい匂いは、傑さんのスーツから香っていた香水と同じだと気づいた。

「どうして、課長がここにいるんですか?」

 傑さんと呼ぶのは心の中でだけ。実際には、課長としか呼んだことがない。

「実は、俺もよく分からないんです。仕事の帰りに横断歩道を渡っていたらトラックにはねられて、気づいたら見てのとおり。王子になっていました」

 なんでもないような口調で話しているけど、栄養ドリンクを飲んで倒れただけの私とは違って、傑さんの最期は想像するだけで壮絶だ。

「カスケンデルの森を通り抜けようとしたら、森の番人を名乗る小人に名前を聞かれました。ここでは俺に名前はないから、仕方なく以前の名前を言ったんです。そしたら、小人たちが眠っているあなたのもとへ案内してくれました。驚いたけど、仁科さんに会えてよかったです」

 ごめん、爺。あなたは、私との約束をちゃんと守ってくれたのね。ごめん……、ありがとう!

 私は、さっき内心で吐いた爺への恨み言を取り消す。

「あ、ああ……、そうだったんですね。それにしても、よく私だって分かりましたね。姿がまるで違うのに」

「小人に見せてもらった紙に書かれた文字のクセが、君と一緒だったから」

「……すごい、それだけで? さすがです、課長」

「でしょう?」

 私はふと、ある仮説を立てる。もしかして、私が本来のストーリーに反することをしたから、傑さんがひどい目に遭ったんじゃないかって。

「あ、あの、課長。私のせい、かもしれません」

「なにがです?」

「課長がこの世界に来ちゃったの。私、課長のことが好きだったから、その……。物語の王子様と結婚するのが嫌で、卑怯な細工をしてしまったんです。ごめんなさい」

 罪悪感に耐えきれず、しゅんと肩を落とす。すると、背後から小さな笑い声が聞こえた。

「へぇ…。君は、俺を好きだったのか」

「そっ、それはあれです、あれ。じょじょ、上司として尊敬しておりましてですね」

「それは嬉しいな」

「わわわ、私だけじゃなくって皆、課長を好きですよ」

 あはは……と乾いた笑いを交えて必死にしどろもどろな弁解をしながら、私は傑さんの話し方が変わっているのに気づく。

 いつも上品で丁寧な言葉遣いだったのに、なんだか急にフランクというかワイルドというか。気になって振り返ると、手綱を握っていたはずの傑さんの左手が腹部に巻きついてぐいっと抱き寄せられた。

「ひゃあっ?!」

 変な声が出て、顔に熱が集まって来る。傑さんが私を見つめながら、にやりと口の端を上げた。

「なんだ。俺たち、両想いだったんだな」

 ――は、はいぃいい?!

 ・。♡。・゜♡゜・。♡。・゜

 お城に向かう道すがら、傑さんが馬上で私をハグしたり頭や頬にキスしたりするものだから、すっかり私もその気になっちゃって。

 だって、傑さんが私を好きだったって耳元で熱弁するんだもの。遅くまで会社に残って一緒に資料を探してくれたり、アイデアを出してくれたり。私と一緒にいたくて残業していたと聞いて、とても信じらなかった。だけど、憧れの王子様から愛をささやかれたら誰だって、ねぇ?!

 そんなわけで、王子様のお城に到着してからは、とんとん拍子にストーリーが進行していった。

 随行していた騎士たちに旅路での私たちのイチャイチャぶりを聞いた王子様のご両親、つまり王様とお妃様の熱烈な歓迎を受け、善は急げと数日後には国をあげての盛大な結婚式。

 そして、ついに私は、これから初夜の儀が行われる寝室で夫になった王子様を待っている。

 部屋を行ったり来たり。気持ちが落ち着かない。

 それにしてもこの寝間着、やたらと薄い気がするんだけど?

 沐浴のあとメイドさんたちに着せてもらった、淡いピンクに染められたシルク生地。「すっごく、すっごくかわいいですぅ~♡」って目をきらきらさせるメイドさんたちのテンションが高すぎて、どうしても断れなかったの。人が喜んでいるところに水を差したくないじゃない。人の笑顔は宝物だもん。

 でもね。カシュクールだから前は透けてないけど、背中とかお尻はヤバい気がする。

 姿見の前に立って後ろ姿を確認すると、やっぱり背中とお尻にいたっては臀裂われめまで透けていた。この世界では初夜に下着をつけないのが慣例らしく、スケスケの寝間着の下は素っ裸だ。

 白雪姫だからいいものの、これがなにもかも平凡な仁科莉子だったら、ただの変態じゃん。よかった、白雪姫になれて。

 ――ありがとう、私を白雪姫にしてくれた誰か!

 私が心の中で感謝を叫んだ時、重厚な金装飾のドアが開いて王子様が寝室に入ってきた。

 ガウン姿のスグル・サガラが近づいて来る。ただ歩いているだけなのに、背景にバラが舞い乱れ、後光が差し、泣きたくなるほどの感動で胸がいっぱいになるのはなぜだろう。

 ああ、彼が生まれながらの王子様だからか。納得。

「なんてきれいなの」

 つい、心の声が素直に漏れてしまった。
 傑さんが、目の前で立ち止まる。そして、私の左手をつかんだ。傑さんの手、すごくあったかい。

「君こそ、すごくきれいだ」

「そ……それは、白雪姫だから」

「君は、ずっときれいだったよ。仁科莉子のころから、ずっとね」

 傑さんの言葉で脳がクラッシュして、なにを言われたのかさっぱり理解できない。私が傑さんの手をぎゅっと握ると、それより強い力で握り返された。

「君を抱きしめてもいい?」

 星空のような美しい瞳が、じっと私を見ている。
 これからすることを想像すると、とてつもなく恥ずかしくて怖い。だけど、生まれ変わっても忘れられないほど好きな人だもの。

 結婚式を挙げて夫婦になったんだし、いいよね?
 私だって、傑さんを抱きしめたい。

「おおおお、お願いします!」

 私は、両手を伸ばして傑さんに飛びついた。たくましい腕で私を抱き上げた傑さんが、嬉しそうにくしゃりと破顔する。私の左胸から、パーンと心臓ハートが弾ける音がした。

 ・。♡。・゜♡゜・。♡。・゜

 傑さんに抱きかかえられて、広々とした天蓋つきのベッドにおろされる。心の準備をする暇もなく押し倒されて、ふかふかのクッションが私の頭部を受け止めた。

 傑さんが、私の頭をなでながら頬や首筋にキスを落とす。ちゅっちゅっ。かわいい音とくすぐったさに、体から余計な力が抜けていくのが分かる。

「莉子」

 私の名前を呼んで、傑さんが耳たぶを舐めて噛んだ。

「ひ、あ……っ」

 吐息交じりの声が色っぽくて、それだけで頭がじんと痺れてしまう。王子様の名前呼びは、破壊力がすごい。

 傑さんの舌がちろちろと動くと、耳元でぴちゃぴちゃといやらしい音がした。頭をなでていた手が頬を触り、首をなで、鎖骨から下におりていく。

 乳房を揉まれてぎゅっと目を閉じる。唇に柔らくてあたたかい感触が押しつけられて、ぬるりとしたものが口の中に入ってきた。

「ふ……っ」

 初めてなのに、どうしてこれが舌だって分かるんだろう。傑さんの温度や形を知りたくて、私も舌を動かしてみる。多分、すごくぎこちない動きだと思う。

 下手だって笑われないかな。不安になったけど、傑さんは優しく私を捕まえてくれた。

「……んんっ」

 舌の裏や頬の内側を舐められて、もつれるように舌と舌が絡み合う。そうしている間に、薄っぺらな寝間着の上から乳首を指でいじられた。

「ふ、ぁあ……ふんんっ」

 指の腹で円を描いたり、指先でかりかりと引っ搔いたり。そこは驚くほど過敏で、指が動く度にむずがゆくて気持ちいい感覚が全身を駆け巡る。

 口の中を舐め回す傑さんの舌に必死で応えながら、呼吸がはずんでいく。静かな寝室に、傑さんとわたしの湿った息遣いとキスの音だけが響いた。

「莉子、俺を見て」

 甘い声の命令に、ゆっくり目をあける。なんてきれいな顔なんだろう。私は、目の前にある傑さんの顔に手を伸ばし、眉から目尻、頬と鼻筋を指先でなぞった。

「すぐ……、きゃ……っちょう」

 傑さんって言いたかったけど勇気が出なくて、課長って言い直したら緊張でかんじゃった。恥ずかしいよ、もう。

 いたたまれなくなって目をそらすと、おでこにちゅっとキスされた。

「ここでの君と俺は姫と王子で、それ以外の何者でもない。だから、二人きりの時、俺は君を名前で呼ぶ。なにがあっても二度と君を失いたくないんだ、莉子。君も、俺を名前で呼んでくれないか?」

 そう、ここでの私は姫としか呼ばれない。仁科莉子だった私を知っているのは、傑さんだけ。傑さんも同じ。相楽傑を知っているのは、私しかいない。不謹慎かもしれないけれど、それに喜びを感じてしまう。

 私は、黙ってこくりと頷く。

「ありがとう、莉子」

 お互いの鼻先がこつんとぶつかって、今度は唇をちゅっと吸われた。

「ん……っ、傑さん。好き……っ」

 傑さんへの思いが、どばーっと堰を切ったようにあふれる。

「傑さん。わたし、ずっと傑さんと……んっ」

 私の言葉は、キスで遮られた。さっきよりも獰猛に口内を貪られる。鼻から吸い込む空気だけでは呼吸が追いつかなくて、溺れるような息苦しさと気持ちよさに頭がじんわりとしびれていく。

「……ぅふ……ぁ、はぁ……っ」

 唇が離れると、カシュクールの寝間着を左右に開かれて、剝き出しになった乳房を食まれた。肌をきつく吸われて、ぺろりと舐められる。

「ん……あっ!」

 胸の蕾を口に含まれて、たまらず腰が浮く。さっき指で触られたからか、より敏感に感じてしまう。ちろちろと舌先で硬くなった乳首の先を弄ばれると、きゅんと下腹の辺りが熱くなった。

「う……ぁ、ふん、んんっ」

 逆手にクッションの端を握り締めて、押し寄せる快感の波に耐える。ひとしきり胸を愛撫して、傑さんは私の腹部の柔らかなところに吸いついて舌で舐めた。

 傑さんの手が、私の形を確かめるようにウエストのくびれをなで、太腿の内側に滑りこむ。体が火照って、思考と一緒に体の輪郭まで溶けてしまいそうなほど気持ちがいい。

「……んっ!」

 秘部を指で探られて、咄嗟に脚をきつく閉じる。すると、傑さんが体を起こして、私の顔を覗き込んできた。

「痛かった?」

「いえ、びっくりしちゃって。わたし、初めてだから……」

 不安を込めたまなざしを向けると、傑さんは笑みをのせた形のいい唇を舌で舐めて髪をかき上げた。嬉しそうなのは、なんでだろう。二十六歳で処女とか、引いちゃ……。

「ちょ……、ちょっと、傑さん?!」

 傑さんが脚の間に顔をうずめたから、慌てて体を起こそうともがく。私が体を起こすより早く、秘部の肉にねっとりと傑さんの舌が這った。

「ぅ……はぁ……っ」

「かわいいよ、莉子」

「あ……んんっ、だ、め……っ」

 閉じた恥裂を割り開くように、舌が行ったり来たりする。恥ずかしくてたまらないのに、気持ちよくてもっとしてほしくなる。

「……はぁ」

 艶めかしい息を吐いて、傑さんが舌の形を変えながら執拗に陰唇を舐め回す。自分でもとろとろに蕩けていくのが分かる。くちゅくちゅ……と、舌の動きに合わせて卑猥な水音が立ち始めた。

「莉子のここ、甘くておいしい」

「……やだ、恥ずかしい」

「これもおいしそうだな。この、ぷっくりした――」

 まるで果物でも味わうかのように、傑さんがある部分に吸いつく。

「あっ……、あぁあ……ぁあんんっ!」

 なにこれ。あまりに強い刺激に、私は喉をのけ反らせた。容赦なくちゅうっと強く吸われて、舌先でつんつんされる。何度もそれを繰り返されると、体が小刻みに震えて頭の中が真っ白になった。

「莉子」

 傑さんの声に、浮遊していた意識がはっとする。傑さんの口で溶けた場所を、今度は指が弄り始めた。

「ん、ぁあっ」

 そこを濡らしている愛涎をまぶすように割れ目を往復した指が、ずぷりと胎内に挿し入れられる。

「莉子、つらかったら言って」

「……は、はい」

 傑さんが、私の反応を見ながらゆっくり指を動かし始める。その動きは徐々に早くなって、中がなじむともう一本指を増やされた。

「あっ……んん……っ、あんん……っ」

 中の壁を擦られるたびに、さっきみたいに体が震えて意識がどこか遠くへいってしまいそうになる。

「待って……傑さん、それ……あっあぁあ――ッ!」

 傑さんが激しく指を前後させると、下腹の奥がきゅーっとして、私の足の間からぐちゅぐちゅと生温い体液が飛び散った。

「もう……、我慢できない」

 ガウンを脱ぎ捨てた傑さんが、熱塊の先端を押し当てる。ほどよく盛り上がった胸筋と割れた腹筋に脳が一瞬で蕩けた。私が美しい筋肉に恍惚としている間に、硬い屹立が隘路を押し広げながら押し入って来る。

「ぅん、く……、はあっ……」

 十分に潤った私のそこは、すんなりと傑さんを飲み込んだ。けれど、経験したことのない感覚とわずかな痛みに体がいきんでしまう。

「……っ、莉子」

 涙がたまった私の目尻にキスをして、傑さんは私の手を握り、指を絡めた。

「幸せ」

 自然と口から言葉がこぼれる。

「くっ……。莉子、動いても……いい、かな」

 返事をする代わりに握った手にぎゅっと力を込めると、傑さんが動き出した。

「ぅ……ん、あ、……あっ……あぁんっ」

 指とは比べものにならない重量が膣壁を擦る。奥をトンと突かれて、浅いところをぬちゅぬちゅとかき混ぜるように抜き差しされた。

 もう、なにも考えられない。口から荒い息を吐きながら、与えられる快楽に身を委ねる。

「は……っ。莉子の中、すごく気持ちいい」

 会社での傑さんからは想像もつかない、淫らな声。私の体の中に傑さんがいて、感じてくれているのだと思うと嬉しくてたまらない。

「……っんん、はぁ……あああぁんっ……、傑さ……んっ、好き……」

「俺も、莉子が好きだ」

 傑さんの動きが激しくなって、最奥を突き上げられる。

「あっ、あっ……、あぁあああ――ッ!」

 全身が震えて意識が真っ白な光に飲まれ、中で傑さんがどくんと脈打つのを感じた。

 ・。♡。・゜♡゜・。♡。・゜

 翌朝。
 時報のラッパが高らかに響き渡り、私はおもむろに目を開けた。体が重たくて、とても起き上がれそうにない。

「おはよう、莉子」

 傑さんの声がして、顔を向ける。傑さんはクッションを背もたれにして、古びたハードカバーの分厚い本を読んでいた。

 ガウンの開いた胸元からこんもりとした胸筋が見えて、思わずにやけてしまう。大きな窓から差し込む朝日よりも爽やかでまぶしい絶景だ。

「体は大丈夫か?」

 ぱたんと本を閉じて、傑さんの目が私の視線を捕まえる。

 傑さんは、私を気遣ってメイドさんたちを呼ぼうとしてくれた。けれど、まだ二人きりでいたくて、私は寝具にくるまったまま傑さんに体をすり寄せる。

 ――憧れの王子様と、本当に夫婦になれたんだ。

 幸せで胸がいっぱいになる。
 少し照れたように優しくほほえんでくれる傑さんを見ていたら、愛されている実感がほしくなっちゃって、私は少し意地悪な質問をした。

「傑さん。私を好きだったって、本当ですか?」

 顔を赤くして、傑さんが頷く。かわいい。

「だったら、もっと早く言ってくれたらよかったのに」

「そうだな。俺だってそうしたかったけど……」

「けど?」

 傑さんの話はこうだった。

 相楽ホールディングスの後継者だった傑さんは、藤壺商事のご令嬢と結婚する運命にあった。それを決めたのは、傑さんの祖父である会長だ。

 傑さんの身の安全と悪いムシがつかないように、幼少期から大人になったあとも、どこへ行くにも常に会長の命を受けた屈強なSPがつきまとっていたらしい。

「えっ……、じゃあ、傑さんは誰ともつき合ったことがない……?」

「ない。もし俺が彼女なんて作ったら、祖父じいさんが相手を一族諸共社会的に消し去る。あの人、すごく怖いんだ」

「……う、嘘でしょう?」

「信じられない話だよな」

 私が信じられないのは、もちろん恐ろしい祖父さんのくだりもだけど、突然浮上した傑さんの童貞疑惑の方だ。

「だから、君に気持ちを伝えられなかった。君の迷惑になりたくなかったんだ」

 嬉しくて、ふふっと笑みがこぼれてしまう。

「じゃあ、どうして事故に?」

「あの時、信号待ちしながら空を見上げて、今ごろ君はどこにいてなにをしているんだろうって考えていた。君が恋しくてね。気づいたら信号が点滅していて、慌てて渡ったんだ。そしたら……」

 傑さんの言葉を遮るように、私は勢いよく彼に抱きついた。

「お、おい、どうした?」

「幸せになりましょう、傑さん。大好き!」

「ああ、そうだな。俺も好きだよ、莉子」

 昔、帰りが遅いお母さんを恋しがってベソをかく妹に読んであげた童話、白雪姫。子ども心に憧れたプリンセスの物語のラストが、こんなにも素敵なハッピーエンドだったなんて。

「ところで、莉子。君、すごくセクシーなんだけど?」

「あ……」

 すっかり忘れていた。私が着ているのは、スケスケの寝間着だ。

「誘っているのか?」

 傑さんが、にやりと口の端を上げる。この悪い顔、すごく好き。

「ちっ、違います!」

「大歓迎だ」

「だから、違いますって……! きゃあっ♡」

 じゃれ合うようにくるりと体が反転して、仰向けになった私はふかふかのクッションに沈む。私を待っていたのは、ちょっぴり激しくてとびっきり甘い、王子様との幸せな夫婦の時間だった。

 ・。♡。・゜♡゜・。♡。・゜

 トゥルルルル。
 時代錯誤な呼び出し音が鳴る。先っぽのとんがった黒い帽子をかぶった魔女が、「はい、はーい」とスマートフォンを耳に当てた。

 彼女は、全宇宙魔女連合ハッピー・マジックで皆を幸せにしよう協会に所属する見習い魔女だ。魔女としてのスキルを磨くため地球に派遣され、仁科莉子の妹として暮らしていた。

 仁科莉子は実に真面目で善良な人間だったが、魔法の力で見通した彼女の未来は波乱万丈、とても悲惨だった。

 莉子が二十七歳になった夏、愛人と蒸発して音信不通だった父親が多額の借金をこさえてひょっこり現れ、そのストレスで母親が心と体を壊して入院。借金取りが彼女の勤務先にまで取り立てに押しかけ、相楽ホールディングスをクビになる。

 父親の借金返済と母親の入院費用を捻出するために、いくつものアルバイトを掛け持ちして働いた結果、無理がたたって三十四歳で急性心筋梗塞を発症してこの世を去るのだ。

 それも真冬の早朝、深夜の勤務を終えて帰る途中の路上で倒れ、そのまま誰にも気づかれずに……。

 魔女に電話をかけて来たのは協会の長、数百年生きているベテラン魔女だった。

『仁科莉子は、ハッピーになれたのでしょうね?』

「はい、無事に任務完了です。栄養ドリンク、パッション・ハートの開発にも成功しました」

『よくやったわ。さぁ、次のターゲットのもとへ急ぎなさい』

「了解いたしました」

 魔女は電話を切り、ショルダーバッグから手鏡を取り出した。それは、救われるべき心のきれいな人間を教えてくれる魔法の鏡だ。心に少しでも曇りがあると、鏡はその人を選んでくれない。

 ――次は、どんなハッピー・マジックをかけようかしら。

 魔女は笑顔で鏡に問いかける。

「鏡よ、鏡。この世で一番美しいのは、だぁれ?」


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