◆Story 15

「大丈夫?」

 腕の中でくったりとする彩を、仁寿がふかふかのタオルで拭く。彩はなだれるように仁寿の胸に体を預けてされるがまま。とろんとした目で仁寿を見つめて、荒い呼吸を繰り返す。

 仁寿を誰かと比べる気は毛頭ない。しかし、セックスで腰が立たなくなったのは初めてだ。しかも、体を触られただけなのに……。

「仁寿さん。タオルを……、貸してください」

「いいよ、僕が拭いてあげるから」

「いえ、仁寿さんも。ちゃんと拭かないと風邪ひいちゃう」

「熱なんか出したら、研修に影響して困るよね」

 彩は、そうじゃないと首を横に振る。医局秘書として心配しているのではなくて、純粋に心配だからそう言ったのだ。

「優しいね、彩さんは」

 彩の髪を丹念に拭きながら、仁寿が嬉しそうにほほえむ。
 全部を言葉にしなくても、言いたいことを正しく理解してくれる。見た目はかわいい雰囲気の朗らかな若者なのに、中身はやっぱり冷静なお医者さんだと思う。

 頭には知識とか学識がぎっしり詰まっていて、人を観察する視点も鋭い。相手に合わせるのもすごく上手だから、違和感なく自然でいられる。年下だけど、なにもかもが、足元にも及ばないよ――。

 仁寿が、体を拭いてバスローブを羽織る。そして、彩をバスローブで包んで横抱きにする。突然のことに驚いて、彩は咄嗟に仁寿の首元に腕を回してしがみついた。

「……っ! 驚いた。細いのに、力持ちなんですね」

「いや……、くっ、これは鍛えないとだめだな。ウェディングドレスを着た彩さんをお姫様抱っこするのが僕の夢なんだ。でも、腕が震える。あと一年で腕力つくか……、なっ!」

「わたしが重いからじゃないですか?」

「違う。僕の腕力が貧弱なせい」

 彩は、どちらかというとやせ型だが、身長も成人女性の標準くらいあって体重もちゃんと大人の重さだ。いくら筋肉質な体を持つ男性だからって、特に鍛えてもいない普通の人が、簡単にお姫様抱っこなんてできるわけがない。

「それにしても、仁寿さんの夢……」

「素敵でしょ?」

「ノーコメント」

「ちょっと、なんでー? お姫様抱っこ、憧れない? 僕は憧れる」

 どちらかというと女の人が憧れるものじゃないのかな、と思いながら、彩は一つ気になる質問をした。

「ところで、あと一年でって聞こえた気がしたのですが……」

「うんうん。できたら、初期研修が終わるまでに結婚したいから」

「急ですね。あと一年と数カ月しかない……」

「彩さんはずっと研修関係の仕事をしてきたから、知ってるんじゃない? 研修中に結婚する人が多いって」

「まぁ……。いろいろと融通が利くの、研修の間だけですもんね」

「指輪どうしようか。彩さんとの誓いの証なら、僕は全部の指にはめたい。でもさ、仕事中は衛生上、やっぱり指輪はよくないよね」

 話の展開が電光石火なのには、もういい加減に慣れよう。彩は仁寿にしがみついたまま、肩を揺らして笑った。

 ぎこちないお姫様抱っこで、仁寿がベッドルームに直行する。
 オーシャンビューの窓から夜空を彩る花火が見えたから、部屋の明かりはつけずに、サイドテーブルのランプをともすだけにしておいた。

 キングサイズのベッドに彩をおろして、寄り添うように隣に座る。花火の閃光が消えると、ふわりふわりと空から降りてくる雪が見えた。

「彩さん、寒くない?」

「はい、寒くないです」

「花火、きれいだね」

「はい、きれいですね」

 ふっと軽やかな笑い声が聞こえて、彩は不思議そうな顔で隣を見る。

「彩さんは、一緒にいてすごく居心地がいい」

「そうですか?」

「うん」

「わたしも、ですよ」

「本当?」

 仁寿が、彩の顔を覗き込んでキスをする。どれだけキスするつもりなんだろう。少し呆れて、でも気持ちがいいから、いくらされても嫌にならないのだけれど。

 顔の角度を変えながら、仁寿が彩を押し倒す。

「ん……っ」

 バスローブの前を左右に開かれて、胸の柔肉を荒い手つきで揉みしだかれた。シャワーブースで一度軽く達した彩の体は敏感で、すぐに腹の奥がぐずぐずと疼きだす。

「……ふ……んんっ、……ぅう……んっ…」

 シャワーブースでの愛撫ですっかりいきり勃った乳首を引っ掻かれて、肢体がびくりとはねた。どこに逃がせばいいのか分からない快感の波が、体中に広がっていく。体に蓄積した淫らな熱を鎮める方法は一つしかない。

 口内をくまなく舐め回されながら、同時に臍下部と本来は陰毛に覆われているはずの無毛の恥丘をそわそわとくすぐるようになでられると、恥ずかしいところがじわりと湿る感じがして腰が浮いてしまう。

「……んんッ!」

 仁寿の指先が、さっき包皮を剥かれたばかりの淫核をこねた。ぷっくりと熟れて、秘裂でその存在を主張するように硬く尖ったそれを、またぐりぐりといじめられる。

 彩の唇をちゅうっと啜るように吸って、仁寿が股間に顔をうずめた。指で割れ目を大きく広げられて、つるんと真っ赤に熟した肉粒を舌先でちろちろとつつかれる。あられもない場所を見られて、口淫されている羞恥に身悶えてしまう。

「……や、それ……、だめ……っ」

 身をよじって閉じようとする彩の太腿を押さえて、仁寿が唾液をたっぷり絡めた舌でぴちゃぴちゃとクリトリスをねぶる。

 陰孔が、それに反応するようにとろりとした甘蜜をこぼした。生ぬるい仁寿の舌が、固くなったり柔らかくなったり器用に形を変えながら秘裂を丁寧に舐めあげていく。

 舌の先が花洞を割って、口が汁を啜るような音を立てながら秘処を吸い、さらには後孔のあたりまで舐められて、彩はシーツを逆手に握りしめて喉をのけ反らせる。

「ふ……、う……ぅんんッ!」

 硬くなった淫核を吸われて、両脚がびくびくと震える。皮を剥かれた秘芽は、神経の塊のように敏感だ。息がかかるだけで鳥肌が立ち、強い刺激を与えられるとたちまち鮮烈な快楽に全身が支配される。

 体が、熱い。下腹の奥でじんじん疼き続ける、このもどかしくておかしくなりそうな熱を早くどうにかしてほしい。

「じん……じゅさ、……んっ、もう……っ」

 彩が、息を乱して懇願するように言う。

「もう、挿れていいの? ここがまだなのに」

 彩の耳たぶを噛んで、仁寿がくちゅくちゅと卑猥な音を響かせながら、円を描くように指で蜜口をなで回す。首元を舌が這い、軽く歯を立てられた。

 溶けてしまう。触られているところが、全部、今にもとろとろに溶けてしまいそう。彩は、眉根を寄せてシーツを握る手に力を入れる。

「ぁんっ、あ……んんっ」

 指がちゅぷんと中に沈んで膣壁を擦ると、これまでとは違う快感に襲われて背中が弓なりにしなり、指をぎゅうっと食い締めるのが分かった。

「はぁ……っ、んぅ、あぁ……っ」

 中をかき回されて、蜜口からじゅぷじゅぷと露が飛び散る。体が燃えてしまいそうなほど熱い。呼吸が激しく乱れて、気怠さに身悶える。

 ――声、出さないようにしなくちゃ。

 でも、我慢できない。どうしよう。わたしの声、変なのに……。彩は、鼻から必死に酸素を吸いながら唇を噛む。

「彩さん、噛んじゃだめ」

「……あ、でも」

「変じゃないよ、彩さんの声。かわいいから、すごく興奮する」

 なんの前触れもなく、目尻からこめかみに向かって涙が流れた。

「……ほん……と……?」

「うん、本当」

 もっと聞かせて。仁寿が優しくキスをする。赤く焼けただれた記憶のスクリーンが、バチッと電熱線が切れるような音と共にチカチカと点滅して真っ黒になった。

 代わりに目に飛び込んで来たのは、じゃれる仔犬みたいにかわいい仁寿の笑顔と無数の流れ星を束にしたような花火の閃光だ。こんな幸せ、今までにあったかな。

「挿れてもいい?」

 彩が頷くと、仁寿がポケットから避妊具を取り出してバスローブを脱ぎ捨てた。
 甘汁でぐっしょりと濡れた秘裂に押しつけられた硬い熱塊の先が、肉をえぐるように行ったり来たりする。それが蜜口を擦過するたびに、そこはひくひくと物欲しそうに蜜を垂らした。

「あぁ……んっ……はや、く……ぅ、んんッ」

 散々じらされて、彩の腰がくねる。仁寿が、ぐちょぐちょに濡れそぼった秘処に屹立をあてがって体重をかけた。ずぷりと一気に奥まで貫かれて、苦悶の表情を浮かべた彩の白い喉が反り返る。

「あ……、ああ――ッ!」

 あまりの気持ちよさに、軽く意識が白んだ。仁寿が、中をなじませるように何度かゆっくりと腰を前後させながら、甘く喘ぐような息を漏らす。彩の肉襞がまとわりつくと、徐々にその動きが速くなった。

「あ……っんんッ……、あっ……んっ、んッ、ぅん……あぁ……んっ」

 ぐちゅぐちゅと卑猥な音を響かせながら、奥を突き、淫口にカリを引っ掛けるように腰を引く。ぬるぬると滑るように隘路をかき回れて、頭も体も自分のものではなくなっていくように快楽の波に飲まれる。

「彩さん」

 彩の意識が遠のく寸前、仁寿の声がそれを引き止めた。彩に覆いかぶさり、仁寿がシーツと背中の間に腕を入れて、線が細くて柔らかい体を抱きしめる。大切な宝物を抱きしめるように、優しく、強く――。

「好きだよ」

 目を見つめて、仁寿が言う。胸が張り裂けそうなほどの幸福で満たされると、それを伝えたくても言葉にならないのだと知った。

 この世の中に、こんなにもわたしに幸せをくれる人がいるかしら。きっと、仁寿さんしかいない。

 彩は、しがみつくように仁寿に抱きついた。仁寿が、彩の首元に顔をうずめて抽挿する。腰を打ちつけられるたびに仁寿のざらりとした陰毛がむくれたクリトリスを擦る。

「……ぅあぁ……っん、んんっ、あ……っ……」

 お互いの肌を密着させて、お互いの心音を感じると、セックスは愛の行為なのだと実感できる。セックスは、不眠を解消するための手段なんかじゃない。

 彩は、仁寿を抱きしめる腕に力を入れる。奥を何度も突きあげられて、なにかの糸が切れたように体ががくがくと震えた。

「……っ、彩さん」

 彩の頬にキスをして、仁寿が体を起こす。

 太腿の裏側を押さえつけられて、激しく体を揺さぶられる。彩の蜜孔はじゅぷじゅぷと愛汁を吹きこぼし、中では膣襞がぎゅうっと絞るように仁寿を締めつけた。

「じん……っじゅさ……ん……ああぁあッ!」

 背中をしならせて痙攣するように体を震わす彩に、仁寿が楔を打ち続ける。苦しいほどの快楽に溺れて沈んでいくようだった。

 短い喘ぎ声が聞こえて、中で仁寿がどくどくと脈打つ。
 体の中に二個も三個も心臓があるみたいに、体中から鼓動の音が聞こえる。自分が息をしているのかどうかも分からない。意識がほわっと浮遊してそれっきり。彩は混沌として、目を閉じたまま眠りに落ちてしまった。

◆◇◆

 彩がぼんやりと目を開けると、窓から見える景色は一面真っ暗だった。もう花火は終わってしまったのだろう。静かで、なにも聞こえない。何時なのだろうと時計を探して目を動かす。すると、サイドテーブルにデジタルの時計が置いてあった。

 二十三時五十六分。
 日付が変わる直前。今日が終わる時刻だ。

 起きあがろうとして、背中に仁寿がくっついているのに気づく。さらに、腹部に腕が巻きついていたので、このまま横になっておくことにした。

 長距離を移動して、そのあともいろいろとあって疲れているだろうし、明日は研修医会だ。大事な休眠を邪魔したくない。

 彩は、腹部に巻きついている仁寿の腕をたどって、その先についている左手をそっと握って顔に近づけた。

 人体に管を入れたり切ったり、ほかにも様々な処置や手術をするから、特に外科医はこまめに爪を切る。仁寿の爪も、指先から出ない長さに切りそろえられていた。

 ――きれいな手だなぁ。

 骨格や血管が浮き出ていて、いかにも男性らしい手をしているのに、肌が白くてつるつるしている。最近は男性もスキンケアをすると聞くから、もしかしたら彼もしているのかもしれない。

 そうでなければ、頻回の手洗いとアルコール消毒を繰り返す仕事でこんなにきれいな肌は保てないと思う。顔の肌もきれいにしてるもんなぁ、と少しうらやましい気持ちになる。

 彩は、もう一度サイドテーブルの時計に目をやった。まもなく、午前零時。日付が変われば、仁寿の誕生日だ。

 ぱっとデジタルの表示にゼロが並ぶ。

「おめでとうございます、仁寿さん」

 彩は、小さな声で呟いて仁寿の手にキスをした。仁寿がしてくれたように、薬指に二回そっとくちづける。そして、手を布団の中に戻して目を閉じた。目覚まし時計がないのはいささか不安だが、大きな窓から朝日が差し込めば嫌でも目が覚めるだろう。

 ――ああ、このクッションすごく柔らかくて気持ちいい。

 リゾートホテルのクッションに頬ずりをすると、すぐに眠気に襲われるから不思議だ。

 しかし、彩は知る由もない。
 背後で仁寿が喜びに打ち震え、でも声をかけるにかけられず、目に涙をためて身悶えていたことを――。

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