◆Story 06

 ベッドに入るや否や、じゃれるように仁寿が彩を組み敷く。彩は、仁寿の目を見つめ返した。

「先生、やっぱりやめませんか?」

 やめるってなにを。今からしようとしてるコトを? それとも一緒に住むのを? 自分でも意図をつかめない曖昧な問いかけをしてしまった。

 よく考えたら、土曜日の夜もまったく同じ質問をした気がするようなしないような。ひどく自分が滑稽に思える。気まずさを覚えた彩の視線が、そわそわと仁寿の顔を離れて遠くへ向かって泳ぎ始めた。

 寝室を照らす、優しくてあたたみのあるオレンジ色の照明。彩が光源を探るように目を動かすと、部屋の隅っこに近い天井に埋め込み式のダウンライトを見つけた。

 ふと、カウンセラーから聞いた話が頭をよぎる。カウンセラーによれば、寝る時に使う照明に重要なのは色味と光の強さらしい。睡眠に関係するホルモンの分泌を妨げないよう、弱く柔らかな色調で目に直接光が入らないように、だったかな。

 いつもは部屋を真っ暗にして眠るから、カウンセラーのアドバイスを実生活に活かす機会がなかった。しかしなるほど、ダウンライトとベッドの配置をずらして間接的に光を部屋に散らすとホッとするような心地になるし、なんとかホルモンの分泌が促されるような気がしてくる。しかし今、本当に安心感を与えてくれているのは、ダウンライトの暖色じゃなくて先生なのかもしれない。

「聞き覚えのあるセリフだね」

 仁寿が、彩の言葉を真剣には受け取っていない様子でおかしそうに笑みをこぼす。

「なんていうか、わたし……。流されて簡単にしちゃう、ふしだらな女みたいじゃないですか……」

「相手は僕なんだから、ふしだらじゃないでしょ? 大好きな彩さんの声で僕の彩さんを貶めるようなことを言わないで」

 鼻翼をつままれて、彩は困惑したような上目で仁寿に視線を戻した。普段がかわいい雰囲気だから、間近で真剣な顔をされるとギャップに胸がどきっとする。

 ――先生は、嫌われるのが怖くないのかな。

 歯の浮くような言葉を臆せず口にする仁寿を純粋にすごいと思い、同時に恥ずかしさのあまり身が縮んでしまいそうな気持になる。

「彩さん、好きだよ」

 仁寿が、彩のシャツの中に手を滑り込ませて下着に手をかけた。手の平が下着ごと乳房を包んで、指先が柔肌に食い込む。

「ん……っ」

 まるで恋人同士の触れ合いみたいに自然な仁寿の動作が、彩の羞恥心を煽る。頬が焼けるように熱くなるのを感じて、彩は心を落ち着かせようと、状況とはまったく関係のないことに考えを巡らせた。

 下着には寿命があって、特にブラジャーは百回の洗濯がモチの限界なのだとか。いちいち洗濯の回数なんてカウントしないけれど、下着専門店の店員さんのいうとおりに下着だけは定期的に新調するよう心がけている。

 社会人になるまで、下着のデザインにはこだわっても、その機能性にまでは気を遣っていなかった。しかしある日、その下着専門店で店員さんに合わせてもらったブラジャーがすごく体にフィットして、ワイヤーの跡もつかないしかゆくもならない。肩こりだって軽減してとても感動した。もっとも、肩こりするほどグラマラスではないけれど。

 とにかく、たかが下着されど下着。下着って、本当に大事だと思う。だから、いつもちゃんとしたものを身に着けている。そんなわけで、どんな状況下においても「今日の下着やばい!」なんて焦る必要はない。

「あ、そうだ。彩さんは、朝ご飯しっかり食べる人?」

「朝ですか? いつもご飯とお味噌汁、それから卵焼きをしっかり食べます」

「へぇ。僕の勝手なイメージだけど、バターをのっけたトーストとコーヒーを飲んでるかと思った」

「がっかりしました?」

「まさか」

 仁寿が嬉しそうな顔で彩にちゅっと軽くキスをして、ブラジャーのホックを外す。
 両親の影響で和食派だから、朝食にバターをのっけたトーストなんて人生で数えるほどしか食べたことない。先生の中で、わたしは一体どんなイメージなんだろう。知りたいけれど、知りたくない。そもそも、どうして先生はわたしを好きなんだろう。その理由も、知りたいけれど知りたくない。

「先生」

「なに?」

「一緒に住む話ですけど、少し考えてもいいですか?」

「んー。断る、の一択ならだめ」

「断るもなにも、わたしは……」

「僕を好きになれない?」

 スキニナレナイ。
 先生の優しい声が、鼓膜にぶつかって文字のカケラに分解する。初めてセックスした夜、先生は不眠のことを知ってもわたしを軽蔑しなかった。今だって、病気の話をしたあとなのに、何事もなかったかのようで。

 先生といると、強がりで、弱虫で、ひねくれた面倒な自分が浮き彫りになる。好きになれないのは、百パーセントこちら側の問題だ。先生はなにも悪くない。

「彩さんはさ、僕と初めて会った時のことを覚えてる?」

 矢継ぎ早に飛んできたふいをつくような質問に、彩の目が思わず丸くなる。

「もちろん、覚えていますよ」

 まだ就職したての春。桜が満開で、とてもよく晴れた日だった。先生の印象がよかったから、とてもよく覚えている。

 でも、どうして急に五年前の話なんか持ち出すのだろう。なにかあるのかな。しかし、先生の手はシャツの中で乳房をもみもみしてる。どんな状況なの、これ。

「一度だけ、僕の名前を呼んだよね。じんじゅって」

 嘘。
 初対面で呼び捨て?
 いくら年下の学生だからって、お客さん相手にそんな粗相をするはずないと思うけれど……。

 彩が記憶を漁る間もなく、唇が重なる。やっぱり、先生のキスは気持ちがいい。優しさに体ごと包まれるようで安心する。頭の中が空っぽになる。体中に甘くしびれる成分が染み渡っていくような、不思議な感覚に酔ってしまう。

「ぅん、は……ぁ……」

 彩が、先に耐えきれなくなって息継ぎする。すると、艶めかしい息を吐いて、仁寿の熱い舌が彩の舌を捕まえた。

「……んんっ、ふ……ぁ……っ」

 何度も角度を変えて、仁寿が貪るように彩の口内を蹂躙する。くちゅっと口の中で唾液が混ざり合って、二人の吐息が重なるたびに耳を刺激する淫靡な音。ぎゅっと目を閉じた彩の鼻先を、仁寿の匂いがかすめた。

 ――いい香り。

 先生以外に、いい匂いがする男の人を知らない。
 彩がキスの合間に息を吸い込んだ瞬間、上半身がひやりとした。シャツがまくりあがって、露出した双丘をいじくられる。ブラジャーの寄せ効果を失った乳房が仁寿の手の中で形を変え、つんと勃った乳首を指の腹で円を描くように転がされた。

「は、ぁ……っ」

 体を、痛痒いようなむずむずとした刺激が走る。
 唾液で濡れた唇を少しだけ離して、仁寿が息を乱しながら「彩さん」と呼んだ。少しかすれたセクシーな低音に、耳が敏感に反応して背中がぞくぞくする。

 呼びかけに応えるように開いた彩の目を、熱を孕んだ仁寿の視線が射貫く。彩の左胸が、どくんどくんといつもと違う不規則なリズムを刻み始めた。

「声……。彩さんの声、聞きたい」

 懇願するような切なげな仁寿の表情に、胸がちくっと痛む。赤い室内灯の明かりが、記憶の領域から死霊のようによみがえって脳裏を真っ赤に染めていく。目の奥がじわりと熱くなって、彩は首を左右に振った。

「どうして?」

「変……、だから。わたしの声」

 刹那、仁寿の瞳が揺れて、彩が咄嗟に顔を背ける。すると、仁寿のほうを向いている頬にふわりと真綿のようなキスがおりてきた。

「じゃあ、声を我慢する彩さんを堪能しようかな」

「な、なにを」

「はい、バンザイして」

 仁寿が、素直に従う彩のシャツを脱がせてブラジャーまで取り払う。オレンジ色のあたたかな弱光に浮かぶ白い肌。熱を宿した仁寿の視線が、視姦するように彩の裸体を舐めた。

「恥ずかしいから、見ないで」

 胸や腹を隠そうとする彩の腕を、仁寿がシーツに優しく縫いとめる。

「今さらだよ。かわいいなぁ、彩さんは」

「もう本当にやめて」

「はい、次はあーんして」

「え、あー……、は、ふ、んっ……」

 口の中をまさぐるような深いキスのあと、首から上半身のあちらこちらを舐められて吸われた。じんじんと体がうずいて、お腹の奥が熱い。この熱がどこに発散されるのか。それを先読みするかのように、仁寿の手がするりとショーツの中に潜り込んだ。

「……っ、あぁ……っ」

 器用に割れ目を広げて、むくれたクリトリスを指でコリコリと刺激する。ゾワゾワと快感が体中を走り抜けて、思わず変な声が漏れてしまった。

「気持ちいい?」

「……は、い」

「もっと教えてよ。僕に、彩さんのいいところ」

「……なっ、だ、めっ、んんんっ!」

 胸の頂を口に含んで甘噛みしながら、仁寿が指を潤み始めた秘口に挿れる。そして、彩の体にこもった熱を掻き出すように二本の指で中を擦った。

「ふ……ぁ、あっ……あぁああんんっ!」

 指が粘膜の上を往復する度に、蜜口からジュワッと生ぬるい体液があふれ出る。勝手に腰が揺れて、体がびくびくと小刻みに震えた。下腹部のうずきが限界に達して、中がぎゅっと締まる。

 ――やめて、ショーツの替え持って来てないの!

 先に脱がせて、お願い!
 この状況で、彩は、日の仕事に履いていく下着の心配をしている自分にびっくりする。しかし、仁寿と彩の体はお構いなしで、全身が痙攣するようにがくがくと震えて背中が反ると同時に、陰孔から快液が大量に飛び散って意識がはじけた。

 はぁ、はぁ、はぁ、はぁ。

 荒い息遣いが、遠くで聞こえる。自分の呼吸なのに、自分の呼吸じゃないみたい。
 ぼんやりとした視界で仁寿の輪郭が左右に揺れて、開かれた両脚が引き寄せられる。その直後、硬起したものが秘口に押しつけられた。

「……先生。ゴム……、つけて」

 整わない呼吸の合間に、なんとかそれだけを声にする。
 腫瘍を患った右の卵巣は、卵管ごと切除されてなくなった。とはいっても、主治医によれば、残った左側は正常に機能しているらしい。確率のほどはよく分からないけれど、可能性があるのなら避妊はちゃんとしなくちゃ。

 セックスが原因でうつる病気を防ぐ上でも大事だと思うし。この前もベッド脇のゴミ箱に使用済みのが捨てられていたから、改めて言わなくてもよかったのかも知れないけれど。

「つけたよ」

「……ふ」

 熱塊にぐぐっと陰孔を広げられて、彩は声を殺そうとぎゅっと唇を噛む。

「彩さん、そんなに強く噛んだら傷になるよ」

「……あ、ああ。すみません」

「どうして謝るの」

 仔犬みたいにかわいい笑顔が近づいて来る。
 先生は、どんな気持ちでわたしとセックスしてるのかな。
 素肌を見せて触れ合う行為は、心から信頼できる相手とだからできるのだと思う。だから、彼の言葉と嘲笑が、楔のように強く心に打ち込まれてしまった。

 壊れてしまったものが元の形に修復するのは、現実界では難しいんじゃないのかな。それが人の心だったらなおさら、現代の科学力を持ってしてもほぼ不可能に近い。

「彩さんと、ずっとこうしていたい」

 体を繋げたまま、仁寿が彩を抱きしめる。ぴたりとくっついた胸の皮膚をとおして共鳴する二つの鼓動。リズムも強さもばらばらなのに、なんだかすごく安心する。

 不眠になる度に、その場しのぎの最低な方法で解決してきた。どれだけ専門の病院を受診したって、何種類もの薬を試したって、結局はわたしが変わらなければ治らない。過去に縛られている限り、わたしはずっとこのままだ。

「セックスの最中に言うと説得力がないかもしれないけど、僕は彩さんを大切にしたいと思ってるよ。彩さんが嫌がることよりも、喜ぶことをしてあげたい」

「喜ぶこと……」

「あっ、喜ぶことって、セックスのテクニックじゃないからね」

「分かってますよ」

「今すぐに僕を好きになるなんて無理だろうから、とりあえずつき合おうよ」

「とりあえずって」

「彩さんに損はないはずだよ。ほら、僕って素直だし家事も概ねこなすし、彩さんがぐっすり眠れるようにセックスも頑張るし。自傷するような行為で得る睡眠より、僕と仲良くしたほうが睡眠の質ははるかにいいんじゃないかな」

「すごい説得力ですね」

 彩が肩を揺らして笑うと、仁寿が嬉しそうな顔をした。

「好きな人の笑顔って、どうしてこんなに素敵なんだろうね。見ているだけで幸せ」

 彩の唇を軽く吸って甘噛みして、仁寿が再び動き始める。膣壁を擦る雄茎は、避妊具の存在を忘れてしまうほど熱い。

 上半身を起こした仁寿が、彩の両脚を大きく広げて太腿ふとももの裏を押さえる。そして、体重をかけてぐぐっと根元まで挿れて、ゆっくりくびれの辺りまで引いて、また一気に根元まで埋めた。

「ぁ……っん!」

「あぁ……、彩さんの中、とろとろしててすごく気持ちいい。すぐいっちゃいそう」

 仁寿が腰を打ちつける度に咥えた昂ぶりがぬるぬると蕩けた蜜口を擦過して、ぐちゅぐちゅと卑猥な音を立てて恥蜜が溢れる。
 ああ、だめだ。いきそう。吐息に溶けそうな苦しまぎれの声がして、何度も激しく奥を突かれた。

「あっ、んんっ……! せんせ……っ、だ、めっ……!」

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