◆第19話

 仄暗くて黴臭い牢獄を照らす松明の下で、カリナフはエフタルを見おろした。両手両足を粗末なイスに縛りつけられたエフタルの見るも無惨な姿に、カリナフの目が細くなる。

「おのれ……」

「口の利き方にご注意なされませ、エフタル様。あなたは身分を失ったうえに、これから烙印を押されて罪人に落ちる身。己の命を他に握られて、家畜にも劣る存在になるのです。次にそのような言葉を私に向けた時は、容赦いたしませぬ」

「だっ、黙れ……っ、生意気な青二才めが!」

 エフタルがぎりっと奥歯を噛んだ瞬間、左の頬に骨がきしむほど強い衝撃を受けた。カリナフの固いこぶしが、渾身の力で頬を張ったのだ。

「きっ、貴様……っ」

「容赦しないと申し上げました」

「……まさか、未だに根に持っているのか!」

 声を荒らげるエフタルを尻目に、カリナフは火桶から焼きごてを取る。そして、傍にいた武官に猿轡を噛ませるよう命じた。生まれた時から、かしずかれてきた人だ。今さら態度を改めろと言っても梨の礫か、と冷めた目をエフタルに向ける。

「どうして忘れることができましょう。あの日から、私はあなたに失脚していただくことだけを考えてきました。ですが、私が手を貸すまでもなかった。あなたは自ら地獄に落ちてくださいましたからね」

「やっ……、やめろ、カリナフ!」

「烙印を賜った者の行く末に怖気づいたのですか? 誇り高き四家の当代でありながら、あなたは陛下に二心を抱きました。許されざることをなさったのですから、相応の覚悟をなさいませ」

 カリナフが顎をしゃくると、武官が二人がかりでエフタルの口に猿轡をかませた。身動きの取れない体で必死の抵抗を試みるエフタルの腕に、カリナフがたぎった焼きごてを押し当てる。エフタルは目を上転させて、聞くに堪えない獣のような声を上げながら呆気なく気を失った。

「他愛のない」

 ティムル家の嫡男に生まれ、叔母は王妃という恵まれた身の上。成人の儀は皇極殿で執り行われて、文武百官の前で王直々に加冠賜った。まるで国事のように盛大な式だった。だから、自分は思いを寄せる佳人にふさわしい身分なのだと信じて疑わなかった。疑う余地がなかったのだ。しかし、婚姻の申し入れにアフラム邸を訪ねた時、神の系譜にあらざる身でいい気になるなと冷笑された。挙句、娘は神の隣に立ってこそ至高の幸せを手に入れるのだと、平伏した体を何度も足で蹴られた。

 皮膚が焼ける独特な臭いに顔をしかめて、カリナフは焼きごてを火桶に放り込む。そして、武官にエフタルを地下牢に入れるよう命じた。エフタルが、失神したまま武官に両脇を抱えられて地下牢へ連行されていく。

「待て」

 カリナフは武官を呼び止めて、エフタルの腰にさがったくちなしの玉佩を奪うように引きちぎった。至高の幸せを手に入れると言ったから身を引いたのだ。それなのに、なんだこの様は。腹の底から湧き上がる怒りをこらえ、カリナフはエフタルの玉佩を握った手を震わせる。

 楽に死ねると思わないでください、エフタル様。あなたは、私欲を満たすためにタナシアを不幸にした。私はもう、あなたに鼻で笑われて足蹴にされた十六の未熟な餓鬼ではない。

「連れていけ。決して目を離すな。自害などさせてはならぬ」

 二人の武官は「御意」と声をそろえて、エフタルを地下牢へ引きずっていった。カリナフは牢を出て空を見上げた。ちりばめられた星を従えて悠然と輝く月に、初夏の気配が近づいてきていることを悟る。

 陛下はあまねく大陸を照らす月、我々はそれに群がる小さな星。カデュラ家は、未来永劫、最も尊き神の系譜として崇められなければならない。陛下こそが、泰平の世の礎なのだから。

「遅くまで大義だな、カリナフ」

 今日はラディエも遅くまで後始末に追われていたらしい。カリナフは、ゆっくりとふり返って声の主に会釈した。

「宰相様こそ、難儀な一日でございましたね」

「いやはや、ここのところ気の休まる時がない」

「お察し申し上げます。ところで、私と夜歩きをしたくてこちらにいらしたのですか?」

「馬鹿を言うな。陛下の侍従から言伝を預かったのだ。今宵は目通り叶わぬので、明日の朝早く清殿にまいられよと」

「かしこまりました。では、明朝寝過ごさぬよう、今宵は真っ直ぐ家に戻ります」

「色男め、ふらふらと遊んでいないで早く身を固めたらどうだ。父君も気が気ではあるまい」

「ご心配なさらずとも、時機が巡ってきましたら、襟を正してよき妻を迎えますよ」

「まったく、困った奴だ。それはそうと、二日後にキリスヤーナ国王が登城する。抜かりなきよう用意しておけ」

 はい、とカリナフが歩み出す。カリナフはラディエのお節介で熱い説教を聞きながら、遥か遠くの朱門へ向かった。

「大きな月だわ」

 湯浴みを終えたラシュリルは、廊下に出て庭をながめた。

 食事のあと、アユルは政務があると書斎にこもって戻ってこない。コルダとカリンも、荷造りをしに清寧殿へ行ってしまった。静寂を破るように、ちゃぷんと水音がした。庭の向こうから廊下の真下まである大きな池。廊下の端に寄って高欄から下を覗くと、月明かりに照らされた水面に魚影が見えた。水面を食い入るように見ていると、もう一度ちゃぷんと水音がして影は深くに沈んでいった。

「そのように身を乗り出したら、池に落ちてしまうぞ」

 アユルの声に、ラシュリルは驚いて振り返る。その瞬間、ふわりと体が浮いて懐かしい香りに包まれた。

「アユル様。この匂いは、もしかして例の石鹸ですか?」

「そうだ。コルダが、あれを使えとうるさくてな」

「アユル様、ご存知ですか?」

「なにを」

「あの石鹸には、肌が潤う効果があるらしいですよ」

「どうりで……。湯浴みの時、コルダがしきりに私の背中を触っていた」

「効果を確かめていたのでしょうか」

 ラシュリルは、笑いながらアユルの腕の中で体を丸めた。横抱きにされた体がじんわりと温かくなる。やっぱり、ここが一番居心地がいい。心安らぐ場所だ。

 アユルが、ラシュリルを抱きかかえたまま部屋の敷居をまたぐ。照明に照らされた、寝具の他にはなにもない空っぽの部屋。明日からここが住処になる。真っ白な寝具の上におろされて、アユルとラシュリルの視線が交わった。

「お仕事は、終わったのですか?」

「終わった」

 頬にかかった髪を、アユルの指がすくう。ラシュリルは、その手に自分の手を重ねて頬を擦り寄せた。ほのかにジャスミンの香りのする手は、すべすべとした肌触りとごつごつと骨の感触がした。この手がとても好き。触られると、ふわふわとした幸せな夢の中に導かれるようで、とても気持ちいい。

「アユル様……」

「どうした?」

「……温かい」

 アユルは、ラシュリルの仕草を黙って見つめた。

 一番遠い御殿に住まわせて、満足に傍にいてやれなかった。故郷を離れて知る者もなく、そのうえ奇異の目に晒されて心細い時もあっただろうに、泣き言一つ恨み言一つ言わず幸せそうに笑んでくれる。いつもそうだ。

 可憐なようで逞しく、奔放なようで我慢強い。感情豊かで純朴で、なにもかもが身分や血筋の尊さなどを優に越えて敬服の念を抱かせる。雨上がりに雲間からさす陽光のように心にさし込んで、一番深く美しい場所を照らし導いてくれる唯一無二の光。私もそうでありたい。守り抜いて、ラシュリルの笑顔を照らす光になりたい。

「温かいのは私ではなく、そなたの方だ」

 なに驚いたのか、ラシュリルが動きを止めて目を大きくした。ころころと変わる表情がかわいらしくておかしくて、真剣に思いを伝えたいのについ顔がゆるんでしまう。

「好きだ、ラシュリル」

 赤く頬を染めるラシュリルの小さな顎をつかまえて、くちづけを落とす。

「ふ……、あ、っ」

 息継ぎに開いた唇から舌をさし込めば、それだけで理性が失われ、体の一点が熱くなって脈打ち始める。アユルは、ラシュリルを押し倒して夜着の腰紐を解いた。キリスヤーナで見た積雪のように白く、しかしひだまりのように心地よい温度の肌。唇で鎖骨をなぞって首筋に顔を埋めれば、繊麗な体がぴくんと強張って心音が騒がしくなる。もう何度も肌を合わせているのに、示す反応は少しも変わらない。初々しくて無垢で……。ラシュリルに触れる度に、狂おしいほどの愛情が湧き上がる。

「これからはずっと一緒だ、ラシュリル」

 アユルが、首の薄肌をきつく吸う。ラシュリルは、甘い吐息と共に小さく喘いだ。

 ずっと一緒。その言葉に一つ気づかされる。これまでは、一緒に過ごす時間は多くなかった。アユル様がどこでなにをなさっているのか、知ることもなかったし気にも留めなかった。けれど、これからは違う。

 ――信じているのに、心が揺らいでしまうのはなぜ?

 アユル様が王妃様と一緒に夜を明かす時、わたしは心穏やかでいられるかしら。アユル様を、気持ちよくお見送りできるかしら。

 ――きっと、心細くて寂しくて泣いてしまう。

 わたしは、なんて浅ましいの。こんなに深く愛してくださっているのに、嫌な感情を胸に抱えている。アユル様を困らせたくないのに……。

「……ぁんっ」

 アユルが、胸から腹へ赤い痕をつけながら閉じた太腿を手で撫でる。ごつごつとした手は、じらすように肌の上を迷走して淡い繊毛の奥をとらえた。つんと上を向く胸の中心を唇と舌で愛撫しながら、花唇を二本の指で押し開いて花芯を指先で擦り上げる。

 アユルは自身の夜着をくつろげると、白い両脚の間に体を滑り込ませた。早く繋がりたい欲望をぐっと抑える。体よりも心を満たし満たされたかった。

 アユルは、ラシュリルの頬にくちづけようとして動きを止めた。ラシュリルが、泣いていたのだ。痛いことをしてしまっただろうか。それとも、無理を強いしてしまっていたのだろうか。かける言葉を探しながら、おそるおそるラシュリルの顔に触れる。

「私が悲しませているのだな?」

「悲しいのではなくて……。違うんです。これは……、ごめんなさい」

「悲しくもないのに涙をこぼして、非もなしに謝る理由はなんだ」

 ラシュリルは、困ったような顔をするだけで答えようとしなかった。理由を知りたいと、アユルが穏やかに言う。するとラシュリルが、声を震わせて言葉を詰まらせた。

「アユル様。どこにも、行かない……で」

「おかしなことを。私がどこに行く……」

 と言いかけて、アユルははっとする。今日、王宮でなにが起きたのかラシュリルは知らない。そのことをすっかり失念していた。王妃がまだ、王妃のまま王宮にいると思っているのだろう。アユルの長い指が、ラシュリルの目尻を拭った。

「分かった。どこにも行かないと約束する」

「アユル様は、わたしに優し過ぎます。わたしは、身の程知らずな自分が情けなくて恥ずかしくて……」

 顔を両手で覆って、ラシュリルがしどろもどろになる。

 アユルは体を起こして、屹立の先端をぷくっと膨れた雌芯に押し当てた。円を描くようにそれをいじって、次は亀裂の中を上下させる。素直なままでいてほしいと思いながら、もっと貪欲になってほしいと相反することを望んでいた。ずっと、その言葉を待っていた。

「私はそなたがいい。もう、片時も離れたくない」

 潤み始めた花穴に、鈴口をもぐり込ませる。アユルは、体重をかけて一気に奥まで貫いた。

「……あ、ん、んんっ!」

 軽くくちづけを落として動き始める。密着した蜜襞と熱塊が擦れる度に、中がとろけてすぐに摩擦が小さくなった。ラシュリルが、首をのけ反らせて苦悶の表情を浮かべる。

「ん……っ、あ、っんん……っ」

 アユルは、ラシュリルに覆いかぶさって細い方と腰を抱きしめた。弾力のある柔らかな乳房が、硬い胸板に押しつぶされる。密着する汗ばんだ肌。皮膚を通して、違う律動を刻む心音が共鳴する。強く、激しく――。

「愛している。愛している、ラシュリル」

「アユル様、わたしも……っ!」

 ラシュリルを抱きしめたまま、アユルがくちづけて奥を穿つ。はぁ、と重なる唇の間から二人の濡れた吐息がもれた。

 甲高い朝鳥のさえずりが、早朝のカナヤにこだまする。カリナフは、数名の家人を従えてカナヤの大路をダガラの城へ向かって歩いた。いつもは輿に乗るのだが、今日はなんとなく歩きたい気分だった。ダガラ城の朱門で家人と別れ、城に足を踏み入れる。目指すのは、皇極殿でも王宮でもない。彼の人が捕らえられている牢だ。

 朱門から歩くこと半刻と少し。牢に着いたカリナフは、牢番から鍵を受け取った。ついてこようとする牢番に持ち場を離れるなと命じて、足早に独房へ向かう。すると、独房の前には、昨夜出されたと思しき食事が手つかずのまま置かれていた。

「タナシア」

 カリナフが呼ぶと、奥で人影がごそっと動いた。起きてはいるようだが、返事はない。近いうちに、タナシアもエフタルと同じように烙印を押される。しかし、この様子では烙印を賜るより先に命がつきてしまう。カリナフは、ふぅっと重たいため息をついた。

「君は、陛下に背いた罪を償わなくてはならない。死を選ぶ自由はないのだ。食事を用意させるから、ちゃんと食せ。朝議が終わったら確かめに来る」

 はい、と弱く細い声がした。カリナフは牢番に鍵を戻すと、独房の食事を新しいものと替えるように申しつけて皇極殿へ急いだ。

 皇極殿の女官に取り次ぎを命じて、どれくらい待っただろうか。随分と経って、コルダが皇極殿にやってきた。

「お待たせして申し訳ございません、カリナフ様」

「陛下はお目覚めか?」

「はい。どうぞ、こちらへ」

 外廷と王宮は、一本の架け橋のような廊下で繋がっている。王とその妃たちが暮らす特別な場所。おいそれと気安く立ち入れる所ではない。

 カリナフは、コルダの後ろを歩きながら扇を広げる。昔、叔母が絵巻に描かれる天界のように高貴で美しい所なのだと言った。叔母の言葉に間違いはない。ここから見渡す景色は、異世界に迷いこんでしまったのかと錯覚してしまうほど、神が棲むに相応しい威厳と常春の華やかさに満ちている。

「陛下は昨夜、心穏やかにお休みになられたであろうか」

「ご安心くださいませ、カリナフ様。よくお休みになられたご様子でした」

「それはよかった。立て続けに様々なことがあって、御心を痛めておられぬかと案じていた」

 清殿に入って、そのままコルダのあとをついていく。辿り着いたのはいつもの書斎ではなく、奥の広間だった。廊下から池に向かって鯉の餌を投げるアユルの傍に腰をおろして、カリナフが「陛下」と深く一礼する。

「堅苦しい挨拶はよい。エフタルは口を割ったか?」

 カリナフは、牢でのエフタルの様子を報告した。それから、タナシアが食事に手をつけていなかったことをつけ加える。アユルは、顔色ひとつ変えずに「そうか」とだけ言った。実に素っ気ない返事だった。カリナフは無意識に小さく息を吐く。そして、ふと部屋の中に視線を向けた。

「貴妃様?」

 そこには、深い群青色の袿をまとったキリスヤーナの王女が座していた。あちらも驚いているようで、目を丸くして顔を強張らせている。

「挨拶が遅れて申し訳ございません。ご無礼つかまつりました、貴妃様」

 カリナフが、体をラシュリルに向けて丁寧に礼をとる。ラシュリルもそれに応えるように床に手をついて頭をさげた。ラシュリルが元の姿勢に戻ると、カリナフは再びアユルに向き直った。

「陛下、折り入ってお話ししたきことがございます。人払いを」

 餌を池に投げて、アユルはラシュリルとコルダに隣の部屋で待つように命じた。二人が部屋を出ていく。部屋の戸が閉まると、カリナフは廊下の床に額をつけた。

「先に申し上げておきます。私は、陛下に揺るがぬ忠誠をお誓いしております」

「知っている」

「先立って願い申し出ておりましたこと、どうかお許しください」

 アユルは、叩頭するカリナフを見下ろした。

 血の繋がりを無視しても、カリナフが信頼できる有能な臣であることは重々分かっている。だが、カリナフの願いを叶えてやるということは、目を瞑るということ。そして、もしこのことが世に知れれば、王としての権威は完全に失墜し、元の木阿弥どころか最も悲惨な未来に突き進んでしまう。

「お許しいただけるのでしたら、私は官職を退いて陽の当たらぬ所に身を潜めます。決して、陛下に害が及ぶような真似はいたしません」

「そなたが官職を退くことこそ、余への裏切りではないか?」

「そのようなつもりで申し上げたのではございません。曲解なきよう」

「確か、タナン公国との国境にアフラム家の所領があったな。そなた、その土地を直轄しろ」

「……はい?」

 タナン公国との境は、初代カデュラス国王が地に降りたとされる神聖な場所だ。それを管轄する任をアフラム家が代々担ってきた。古くから関所が置かれて交易の要として栄えてはいるが、カナヤから遠く離れた辺境の地であることに違いはない。アフラムの当代に任命された官吏が赴任して治めるのが通例だが、陛下は今、直轄せよとおっしゃった。

「どうした、カリナフ。余に揺るがぬ忠誠を誓っていると言ったではないか。私情にとらわれて、余が与える任務を拒むつもりか?」

 淡々とした声に、カリナフは顔を上げてアユルをあおぐ。胸を刺すような冷たい視線と表情。いつも皇極殿で見る王の顔だ。

「よもや、従兄弟だから簡単に許すとでも思っていたのか?」

「……いいえ、そのようなことは」

「余は禍根を残したくない。タナシアは適正に処する。それが、そなたの願いに対する答えだ」

「御意に」

「一連の目途が立ったら、速やかに任地へ赴け」

「かしこまりました。謹んで拝命賜りまする」

 隣の部屋では、ラシュリルが胸をおさえていた。

 ――どういうことなの? エフタル様と王妃様が牢に……?

 昨日、のうのうと焼き菓子なんか作っていた間に、王宮ではとんでもないことが起きていたのだわ。戻ってこなかった王妃様と焼きアユル様が捨てた衣。詳しくは分からないけれど、とにかく王妃様の身になにかあったのだと、ラシュリルは膝を抱えて身を小さくする。

 カリナフがアユルの御前を辞すると、カリンを先頭に女官たちが荷を抱えてぞろぞろとやってきた。殺風景だった部屋は、柔らかな色合いの帷子が掛けられた几帳や新しい調度品などが置かれて、春の花園のように華麗なる変身を遂げた。引っ越しの最後に、コルダが抱えてきた雄鶏が庭に放たれた。朝議を終えて帰ってきたアユルが、庭を悠々と闊歩する雄鶏について、ラシュリルに説明を求められたことは言うまでもない。

 それから、数日後。キリスヤーナ国王がダガラ城に到着した。

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